大阪地方裁判所 昭和45年(ワ)1936号 判決 1972年3月31日
原告 栗田工業株式会社 外一名
被告 株式会社笹倉機械製作所
主文
原告らが別紙(イ)号図面および説明書記載の造水装置を製造、販売または販売のために展示する行為について、被告が登録第三一〇六四六号特許権の専用実施権に基づく差止請求権を有しないことを確認する。
被告は原告らが製造、販売または販売のために展示せんとする別紙(イ)号図面および説明書記載の造水装置が登録第三一〇六四六号特許権を侵害するものである旨を陳述しまたはこれを流布してはならない。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
原告ら訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、被告訴訟代理人は「原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求めた。
第二請求原因
一、原告栗田工業株式会社は水処理装置の製造販売等を、同栗田化工建設株式会社は化学装置の製作販売等をそれぞれ業とする会社であるが、ともに昭和三〇年頃より海水を淡水化する装置の研究開発に着手し、昭和四一年頃よりいわゆるクリタ式造水装置の製作、販売活動を開始した。右クリタ式造水装置は別紙(イ)号図面および説明書記載の構造を有する海水の淡水化装置(以下、(イ)号装置という)である。顧客からの注文があれば、その設計を原告栗田工業株式会社が、製作販売を原告栗田化工建設株式会社が担当することになつている。
二、本件特許権
被告は、アメリカ合衆国アクア・チエム・インコーポレーテツドが有するつぎの特許権(以下、本件特許権という)につき、昭和四一年一月三一日専用実施権の設定を受け、同年六月二二日その旨の登録を了した。
登録番号 第三一〇六四六号
発明の名称 蒸溜方法
出願日 昭和三三年八月一一日
公告日 昭和三五年七月一日(昭三五―八三〇六)
登録日 昭和三八年八月三〇日
特許請求の範囲 「塩水を受取る高圧の第一段階から塩分の高いブラインを生ずる最低圧の最終段階まで複数の段階を水平方向に間隔を置いて直列に配置し各段階に凝縮部と沸騰室とを有する沸騰蒸発装置による塩水蒸発方法にして、系内のブラインの一小部分を引出し、ブラインの大部分を最終段階から第一段階に再循環させ、この再循環に於てブラインをして最終段階のより高い一段階の凝縮部を通過せしめてこの高い段階沸騰室に生ずる蒸気を凝縮させ、次に再循環ブラインを第一段階の沸騰室に導入する前に更に加熱し新しい塩水を最低段階の凝縮部に通したのち大部分を廃棄し残る小一部分を前記ブラインと混合する塩水蒸溜方法。」
なお、特許出願公告時(補正前)における本件特許の特許請求の範囲の記載はつぎのとおりであつた。
「蒸発器が温度の変化する供給溶液源を有する蒸溜方法において、前記蒸発器中の溶液から発生する蒸気を凝縮せしめるために凝縮器熱交換器に前記供給溶液を導入する段階と、前記導入供給溶液の量を前記蒸発器内の温度に応じて調節する段階と、前記供給溶液の一部を加熱器の中を通し次で前記蒸発器に導入する段階と、溶液を前記蒸発器から引抜く段階と、その一部を排出し残余の部分を前記加熱器に導入される供給溶液中に再循環せしめる段階と、前記加熱器に一般に定常な熱入力を与える段階とを含み、前記再循環及び調節が前記の変化する供給溶液温度と一般に定常な熱入力に対して比較的定常な蒸溜物の生成を維持する蒸溜方法。」
三、本件特許出願時における技術水準
1 海水淡水化の方法―蒸溜法
海水を淡水化する方法としては蒸溜水、イオン交換膜法、逆浸透圧法等種々の方法がある。しかし、最も原始的ではあるが一般的な方法として現在採用されているのは蒸溜法である。
蒸溜法は海水を加熱蒸発させて発生した水蒸気を冷却、凝縮し、回収する方法であるが、この方法については従来
(一) 経済的にいかに安価に蒸溜水を得るか、
(二) 蒸溜装置内に生ずるスケール(着垢)の析出をどう防止するか、
(三) 海水の温度変化に対する調整をどうするか、の諸点に問題があつた(その他にも問題はあるが本件には直接関係がないので省略)。
2 循環式多段フラツシユ蒸発法
古くは、蒸発器内に導入する海水の加温には加熱された蒸気を通したパイプを設置する方法がとられていた(浸管式)が、この方法は加熱パイプ表面を通しての伝熱沸騰であるため、加熱パイプ表面にスケールが付着し、熱伝導率が低下する欠点が避けられなかつた。
この欠点克服のために案考されたのが、スケールの析出温度以下で装置を運転させ(常温では海水のスケール析出がない)、また伝熱沸騰を避けて自己蒸発を行わせる方法でフラツシユ蒸発法と呼ばれるものである。フラツシユ蒸発とは減圧された蒸発器内にこの圧力と平衡する温度以上の加温水を導入し、これを急激に減圧、膨張させることによつて蒸発作用を行わせる方法である。
このフラツシユ蒸発を更に効果的に行わせるため考案されたのが多段フラツシユ蒸発法であり、これはフラツシユ蒸発させる罐を多数直列に圧力順に配列し、各段で蒸発した蒸気の凝縮潜熱により原水を低圧罐から高圧罐へ逆方向に順次予熱しながら最高圧の罐を出る→予熱された原水は加熱用蒸気によりさらに加熱され→最高圧罐にもどしフラツシユ蒸発を行わせ→この罐から順次圧力の低い各段の罐に送り最低圧の段から排出する→排出水の大部分は適当に新原水と混合し再循環させる方法である。
3 フラツシユ蒸発装置に関する先行技術
本件特許出願当時(昭和三三年八月一一日)における海水淡水化用フラツシユ蒸発装置の先行技術はつぎのとおりである。
(一) 米国特許第二、六一三、一七七号(甲第六号証の一二)
出願日 一九四八年(昭和二三年)七月一日
特許日 一九五二年(昭和二七年)一〇月七日
発明の名称 低圧フラツシユ蒸発器
右特許に関する文献は昭和二八年二月二四日特許庁万国工業所有権資料館に受入れられた。右特許発明におけるフラツシユ蒸発装置はいわゆる貫流式のものであつて、ブライン再循環式のものではないが、注目すべきことは右特許が「ある種の蒸発器におけるスケール生成及び腐食の他の原因は加熱ブラインを再循環させることによつて生ずる塩類の凝縮である。……我々は本蒸発器においてこのような再循環の必要性を完全になくした」「したがつて本発明の一目的は塩分の濃縮を制限し、スケールの生成を減少させるためにブラインの再循環をしないで低いブライン及び蒸気温度で稼動する低圧二段フラツシユ蒸発器を提供する」ことに特色があると明記し(本文冒頭より二三行目以下)、本件特許出願より一〇年も前に既にブライン再循環式の蒸発装置が存在し、公知であつたことを明らかにしている点である。
(二) ケミカルエンジニアリング誌(甲第七号証の一、二)
発刊年月日 一九五六年(昭和三一年)一〇月号
記載記事 「蒸発装置は水不足を解消する」
右文献は昭和三一年一〇月二二日国立国会図書館に受入れられた。右ケミカルエンジニアリング誌上に発表されたフラツシユ蒸発装置は、ブライン再循環式の多段フラツシユ蒸発装置であるが、形式は縦形のものである。
右装置は、補正前の本件特許請求の範囲のうち「導入供給溶液の量を蒸発器内の温度に応じて調節する段階」と「加熱器に一般に定常な熱入力を与える段階」を欠除しているが、その余の構成要件をすべて備えている。
また、これを補正後の本件特許請求の範囲と比較すると<1>沸騰室と凝縮室とを有する各段階を右装置では「垂直方向」に配列するのに対し、本件特許発明では「水平方向」に配列する点と<2>右装置は「新しい塩水を最低段階の凝縮部に通したのちその大部分を廃棄し、残る小一部分を復水冷却器により加熱した上最低段階沸騰室に導入しここにおいて再循環ブラインと混合する」のに対し、本件特許発明は「新しい塩水を最低段階の凝縮部を通したのち大部分を廃棄し、残る小一部分を(少なくとも実施例においては最低段階の沸騰室を出た)再循環ブラインと混合する」点に差異があるのみで、その余の構成要件は共通である。
(三) ジエンジニア誌(甲第八号証の一、二)
発刊年月日 一九五七年(昭和三二年)一〇月一八日
記載記事 「連続海水蒸溜用フラツシユ蒸発器」
右文献は昭和三二年一二月九日国立国会図書館に受入れられた。右ジエンジニア誌上に発表されたフラツシユ蒸発装置は、横型のブライン再循環式多段フラツシユ蒸発装置である。右装置は前記ケミカルエンジニアリングの方法と<1>各段階が「水平方向」に配列されている点、<2>蒸発器が多数の蒸発圧力の高い一群と少数の蒸発圧力の低い一群とに分けられている点、<3>ブラインの再循環方法が異る点に相違点がある。
右ジエンジニアリングの装置が補正前の本件特許請求の範囲のうち「導入供給溶液の量を蒸発器内の温度に応じて調節する段階」と「加熱器に一般に定常な熱入力を与える段階」を欠除しているがその余の構成要件をすべて備えていることは、前記ケミカルエンジニアリングの場合と同様である。
また、これを補正後の本件特許請求の範囲と比較すると、<1>右装置では蒸発器が多数の蒸発圧力の高い一群と少数の蒸発圧力の低い一群とに分けられている点、<2>右装置では「新しい塩水は蒸発圧力の低い一群の各凝縮部を通過したのち大部分を廃棄し、残る小一部分が最低段階の沸騰室に導入され、ここにおいて循環ブラインと混合される」のに対し、本件特許発明では「新しい塩水は最低段階の凝縮部を通したのち大部分が廃棄され、残る小一部分が(少なくとも実施例の上においては最低段階の沸騰室を出た)再循環ブラインと混合される」点、<3>右装置では「最終段階の沸騰室を出た再循環ブラインは、蒸発圧力の高い一群のうちでの最も蒸発圧力の低い凝縮室に導入される」のに対し、本件特許発明では「(少なくとも実施例においては)最低段階の次の段階(第一段階)に導入される」点に相違点がある。
原告らの(イ)号装置はこのジエンジニアの方法と同一であつて、本件特許出願前に公知となつていた方法を採用したものである。
(四) ブラインの大部分を再循環させる技術
ブラインの大部分を再循環させ一小部分のみを排出させることは本件特許出願前から公知になつていたーというよりむしろ、ブライン循環式においてはブラインの大部分を再循環させることが当然の前提となつているのである。何故ならば、ブライン循環式の長所は循環全量に比較して少量の新に給水される海水に対してのみ薬品を投入する等の給水処理を行えばよい点にある。新に給水される海水の量は排出ブラインと生産蒸溜水の和に等しいから、排出ブラインの量を多くすれば(当然再循環ブラインの量は少くなり)それだけ多くの給水処理を要することになり、循環式の長所が失われてしまうことになるからである。したがつて、ブライン循環式である以上は、当然ブラインの大部分が再循環し一部分だけが排出されるものでなければ意味がないのである。
前記ジエンジニア誌には右循環比が当然のことであるため直接には明記されていないけれども、「系からの熱放出は通常最低の温度と圧力に設定された熱交換器群への独立した冷却水給水によつて行なわれる。そこで使用された大部分の冷却水は終局的に排棄されるが一部(通常生産水の二〇〇~二二〇%)は補給水として最低圧沸騰室に流出される」「過剰のブラインはブローダウンバルブを通して系から連続的に排出される。もし給水が生産蒸溜水の二〇〇%ならばブローダウンは生産蒸溜水の一〇〇%になり、蒸発器内の循環ブラインは通常の海水濃度の二倍に濃縮される。これは特に高純度の蒸溜水が得られる場合以外この装置の通常の設計値である」との記載に、同文献記載の他の数値を付加して試算すれば、右ジエンジニア誌記載の装置は排出ブラインの約八・四~一〇・四倍のブラインを再循環させていることが判明する。したがつて、ジエンジニアの方法もブラインの一小部分を引出し大部分を最終段階から第一段階に再循環せしめる方法であることは明らかである。また、ケミカルエンジニアリング誌記載の方法を同誌所掲の数値に基づいて計算するとブライン排出量一に対しブライン循環量は一四・二であることがわかるのである。
四、本件特許発明の技術的範囲―補正前の特許請求の範囲の記載に基づいて定められるべきである。
1 本件特許出願は昭和三三年八月一一日になされ、同三五年七月一日特許出願公告された後特許異議の申立がなされた結果、同三六年六月二九日「異議の申立は理由がある」旨の異議決定および拒絶査定がなされたが、抗告審判が申立てられて抗告審判に係属していた間に同三八年五月一六日審判長審判官から旧特許法(大正一〇年法律九六号、以下同じ)一一三条二項により準用される同法七五条五項に基づき訂正命令が発せられ、同年七月三日右訂正命令どおり補正する旨訂正書が差し出され、同年八月八日「原査定を破棄する。本願の発明はこれを特許すべきものである。」との審決がなされ、特許請求の範囲の訂正が公告され、同三八年八月三〇日設定登録がされた。しかし右の訂正(以下、補正という)は特許法六四条に違反しているから、同法四二条により本件特許は補正前の特許出願について特許されたものとみなされなければならない。その理由はつぎのとおりである。
2(一) 補正前の本件特許請求の範囲の記載は、
I 蒸発器が温度の変化する供給溶液源を有する蒸溜方法において
IIa 前記蒸発器中の溶液から発生する蒸気を凝縮せしめるために凝縮器熱交換器に前記供給溶液を導入する段階と
b 前記導入供給溶液の量を前記蒸発器内の温度に応じて調節する段階と
c 前記供給溶液の一部を加熱器の中を通し次で前記蒸発器に導入する段階と
d 溶液を前記蒸発器から引抜く段階と
e その一部を排出し、残余の部分を前記加熱器に導入される供給溶液中に再循環せしめる段階と
f 前記加熱器に一般に定常な熱入力を与える段階とを含み
III 前記再循環及び調節が前記の変化する供給溶液温度と一般に定常な熱入力に対して比較的定常な蒸溜物の生成を維持する蒸溜方法
となつている。
すなわち、補正前の特許請求の範囲の技術思想は「温度変化する供給溶液源」に対する蒸溜において「導入供給溶液の量を蒸発器内の温度に応じて調節する」ことによつて、「一般に定常な熱入力を与え」ても「比較的定常な蒸溜物の生成を維持する方法」であることが明らかである。このことは発明の詳細なる説明に繰り返し強調されているところであり、単的にいえば「蒸発器内の温度に応ずる導入供給溶液量の調節」と「加熱器への定常熱入力」とが補正前の特許出願の骨子をなす最も重要な必須要件である(その他の手段は既に述べたとおり常識化した公知技術である)。
(二) ところが、補正後の特許請求の範囲の記載は、
I 塩水を受取る高圧の第一段階から塩分の高いブラインを生ずる最低圧の最終段階まで複数の段階を水平方向に間隔を置いて直列に配置し、各段階に凝縮部と沸騰室を有する沸騰蒸発装置による塩水蒸発方法にして
II 系内のブラインの一小部分を引出し、ブラインの大部分を最終段階から第一段階に再循環させ
III この再循環においてブラインをして最終段階より高い一段階の凝縮部を通過せしめて、この高い段階の沸騰室に生ずる蒸気を凝縮させ
IV 次に再循環ブラインを第一段階の沸騰室に導入する前に更に加熱し
V 新しい塩水を最低段階の凝縮部に通したのち
VI 大部分を廃棄し残る小一部分を前記ブラインと混合する塩水蒸発方法
となつている。
すなわち、右補正後の特許請求の範囲は補正前のそれが前提としていた「温度変化する供給溶液源」に対する対処方法としてではなく、出願当時既に公知となつていた一般的な循環式多段フラツシユ蒸発法に過ぎず、その重点はもつぱら原水(ブライン)の循環経路、新原水の混合方法に集中され、技術思想が根本的に変更されている。補正後の特許請求の範囲では「供給溶液の温度変化」という前提がなくなつたため、補正前の請求範囲の必須要件であつた「導入供給溶液量の調節」も「加熱器への定常熱入力」も吹飛んでしまい、元来の目的であつた筈の「変化する供給溶液温度と一般に定常な熱入力に対して比較的定常な蒸溜物の生成を維持する」ことも消え去つてしまつている。
その結果、補正前の特許請求の範囲のうちに「導入供給溶液の量を前記蒸発器内の温度に応じて調節する段階」と「加熱器に一般に定常な熱入力を与える段階」という二要件が補正後のものでは脱落し、その分だけ特許請求の範囲が拡大されている。のみならず、発明の詳細なる説明および図面によつても補正前のものは明らかに二段式蒸発法であり、三段以上の多段式を前提とする記述は何ら存しないのに補正後のものは明白に多段式を前提としている。すなわち、被告特許は補正に名を藉り全く要旨を変更したうえ、補正によつて特許請求の範囲が実質的に拡大されている。
3 特許法六四条は、出願公告後の補正について、請求の範囲の凝縮、誤記の訂正、明瞭でない記載の釈明に限定し、しかも補正後の請求の範囲は実質上拡大されることなく、かつ独立して特許を受けることができる発明たる要件を備えることを条件としている(同条二項、一二六条)。また、補正の前後を通じて当該発明が同一性を保持しなければならないことは補正の性質上当然である。
しかるに、本件特許においては、<1>補正の前と後とは技術思想からみて同一性がなく、<2>請求の範囲が拡大され、<3>補正後のものは全く公知技術に属し特許要件を備えていないもので、補正し得べき範囲を全く逸脱していることは明白である。したがつて、本件特許発明の技術的範囲は補正前の特許請求の範囲に限定されるとみなさるを得ない(四二条)。
4 なるほど被告主張のとおり、本件特許出願は旧特許法施行時においてなされたから、特許法施行法二〇条によりその査定または審決が確定するまではその審理手続は旧法に従つてなされるべきものである。しかしそれはあくまで手続面における問題であつて、査定または審決の確定により生じた特許権の実体的効力および範囲は特許法施行法三条、二九条により新法に従つて解釈されるべきものであるから、特許査定があつた以上、右補正の効力についても旧法の適用はなく、現行法六四条、四二条の適用があると解すべきである。もし、被告主張の如く本件特許の実体的内容が旧法により決定されるべきものであるならば、新法により創設され旧法下には存しなかつた本件特許専用実施権を被告が有していることもあり得ないこととなろう。
仮りに、補正の要件、効力について旧法が適用されるとしても、旧法下における補正の要旨変更は新法の明文と同様に「要旨の変更ある訂正を看過して特許が与えられた場合、特許発明の所在はあくまで出願当初の明細書、図面を基準として定まり変更、追加された部分は特許発明の範囲を構成しない」と解されていた(大判昭一四・四・二六、民集一八・五二六)のであり、新法の規定は右解釈を明文化して整備したものである。旧法においても新法においても出願公告の制度が採用されていることには変りがなく、いずれの場合も出願公告により特許請求の範囲が一応規定されるとともに、これを基点として当該特許に関するあらゆる法律関係が展開されるに至るのであるから、後日に至つてこの基点となるべき出願公告の要旨を変更するような補正を認めることとなれば、出願公告が目的とする公衆審査の機会が与えられないこととなるばかりでなく、公告を信頼した第三者の保護も失われ、権利関係の混乱を招来する結果となることは必定である。それ故、旧法においても、新法の明文と同様、出願公告後の要旨変更は認められていなかつたのである(旧法五三条、五四条、施行規則一一条参照)。したがつて、特許庁において要旨変更となる補正(訂正)が誤つて許可(命令)されたとしても、これによつて右補正(訂正)が正当化されるいわれがないことは旧法、新法ともに差異はない。被告の挙示する大判五・一二・八は公告制度の存しなかつた旧旧法下の判法であるからとうてい参考とはなし得ない。
五、(イ)号装置
原告らの(イ)号装置の特徴とするところは、
I 多段フラツシユ蒸発装置を二つに大別し、多数のかつ蒸発圧力の高い第一群と少数(二段)の蒸発圧力の低い第二群とすること
II 第二群凝縮器に供給される海水の量を一定とすること
III 第二群凝縮器を通過した海水は、小部分が最終段沸騰室導入されること
IV 加熱器への熱入力が加熱器出口のブライン温度に応じて調節されること
である。
六、補正前の特許請求の範囲と(イ)号装置との差異
1 補正前の本件特許請求の範囲と(イ)号装置とを比較すれば、両者の構成の差異およびこれに伴う作用効果の差異はつぎのとおり明白である。
本件特許発明
(イ)号装置
構成の差異I
A 凝縮器へ導入する供給溶液量を蒸発器の温度に応じて調節する
a 凝縮器へ導入する供給溶液量を一定にする
作用効果上の差異I
A1 蒸発器の定常運転に必要な最少限の給水のみをするから、排棄する塩水の量も少くなり潜水運転に適する
A2 給水ポンプに負荷変動を与える
a1 常に一定量給水するから給水の温度変化によつて必要以上に給水する場合もあり、排出量は本件特許に比し多い
a2 給水ポンプに負荷変動を与えない
構成の差異II
B 加熱器に定常な熱入力を与える
b 加熱器への熱入力は加熱器出口のブライン温度に応じて調節する
作用効果の差異II
B1 加熱蒸気は一定であるからボイラーに負荷変動を与えない
B2 蒸気消費量は変化しない
B3 第一段沸騰室に導入されるブライン温度は給水温度変化にかかわらず加熱量一定のため変化し蒸発量が大巾に変動する。給水温度が上昇するときは突沸が激しく飛沫同伴現象が起き、蒸溜水質の低下を招く
B4 給水温度上昇の場合は高温となることがあり、スケール析出が起り熱伝導率の低下、パイプ閉塞等を起し易い
b1 蒸気量は給水温度に応じて変化するからボイラーに負荷変動を与える
b2 必要最少限度の蒸気量ですむ
b3 第一段沸騰室に導入されるブライン温度は、加熱器において調節されるからほぼ一定温度となり定常蒸発する
b4 加熱器でブライン温度の制御が行われ、上限が定まるのでスケールの析出が少い
構成の差異III
C 新しい海水を第二段の凝縮部に通した後、一部を循環ブライン系に混合する
c 新しい海水を最低段およびそれより一段階高い段階の凝縮部に通した後小一部分を最終段の沸騰室に導入し、その一部を排棄し他の一部を循環させる
作用効果の差異III
C1 蒸発器第二段の沸騰室の温度を一定に保ち定常蒸発する
C2 新しい海水に溶存する不凝縮ガス(空気等)が脱気されないので第一段に循環したときガスが分離して圧力が高くなる
c1 蒸発器最終段では給水温度が下つたときには一定給水量のため沸騰室温度が下る(但し、温度が下る場合は突沸は起らないから蒸溜水質は低下しない)
c2 不凝縮ガスは最終段沸騰室で脱気されるため、第一段の圧力を高めない
以上で明らかなとおり、補正前の本件特許発明と(イ)号装置による蒸溜法とは、構成においても、作用効果においても顕著な差異があり、(イ)号装置が本件特許発明の実施にのみ使用するものでないことは明らかである。もつとも、(イ)号装置の一部の段階は本件特許発明の一部の段階と同一ではあるが、右同一の段階はおよそ蒸溜法にとつて公知というよりもむしろ常識に属する技術であるから、そのことをもつて本件特許権の侵害となるものでないことはいうまでもない。
2 被告は補正前の請求の範囲のうち、b「導入供給溶液の量を前記蒸発器内の温度に応じて調節する段階」、f「加熱器に一般に定常な熱入力を与える段階」は、当然の慣用手段を記述したものに過ぎず、発明の構成に欠くことのできない事項の記載ではなく余剰記載に過ぎない旨主張する。しかし、本件特許発明の目的は、発明の詳細なる説明(一頁)において「本発明の目的は供給溶液の温度が広範囲に亘つて変化する場合に、一般に均一な速度で均一な性質の蒸溜物を生成せしめる真空蒸溜の新しい改良方法を与えることである。」「本発明の他の目的は供給温度が変化した場合にも蒸気の消費を比較的一定に保ち、蒸溜器内の温度及び圧力を予め定められた水準に維持し得る真空蒸溜の新しい改良方法を与えることである。」「なお、他の目的は給水温度が相当変化しても分離器負荷を一般に維持する如く、自動的に調節される真空蒸溜方法を与えることである。」と明記されているとおり、温度変化する海水に対して如何に対処するかにあることは明らかである。
そして、この目的達成のための具体的手段として採用されたのが右bとfである。すなわち、<1>海水の温度変化にかかわらず―均一な速度で均一な性質の蒸溜物を生成せしめ、分離器負荷を定常に維持するため―導入供給溶液の量を蒸発器内の温度に応じて調節し、<2>海水の温度変化にかかわらず―蒸気の消費を一定に保つため―加熱器に定常な熱入力を与える、のが本件特許の骨子である筈である。だからこそ、発明の詳細なる説明(二頁)において「蒸発器10の第2段階には温度感覚要素54が設けられ、この温度要素は新しい水を前記系統に供給する管16の弁55の開閉を調節するように連結されている。……操作に際して船の遭遇する海水温度が所要の標準温度、たとえば90°Fより高くなればこの温度上昇は前記要素54によつて感覚されて、なお多くの新しい冷却水が系統の中に入るよう弁55を操作する。……逆に海水温度の低下が生ずれば、これは直ちに蒸発器の第2段階における温度の低下となつて現われる。前記温度感覚要素54はこれ等の状態に応じ、弁55を通つて系統内に取入れられる新しい水の量を減少せしめ蒸発器内の温度を前記系統がその固有の熱平衡に復帰するまで上げるようにする。」と前記bの機能が説明され、また「本系統は蒸気消費量が一般に固定しているために経済的に操作することができる」と前記fの効果が説明されているのである。これらの具体的かつ詳細な説明が、被告の主張するような単なる余剰記載といえるであろうか。
以上のとおり、本件特許においては、海水の温度変化という条件の下で定常熱入力・導入溶液量の調節という二つの操作が一定の目的を達成するため有機的に結合されていることがわかる。なるほど、温度感覚要素によつて導入溶液量を調節する手段および定常な熱入力を与える手段そのものは個々的には公知の技術かも知れないが、これらの手段が全一体的に結合して一定の目的を持つた装置を形成し、その装置にとつて特殊な作用効果をもたらす場合には、その手段は発明構成の必須要件といわざるを得ない。本件特許出願当時の技術水準からみても、前記b、f以外の段階はすべて公知のものであつたから、もし被告が主張するようにb、fの段階がありふれた初歩的な技術常識で当然の慣用手段であるとすれば、本件特許発明の特徴、新規性がいずれに存するか理解し難い。
3 供給溶液の量の調節と加熱器への定常な熱入力の方法を(イ)号装置は採用していない。
(一) 補正前の本件特許請求の範囲では最低段階凝縮部に導入される供給溶液の量を最低段階沸騰室内の温度に応じて自動的に調節し、一方加熱器に定常な熱入力を与えることによつて装置内のブラインの最高温度と最低温度を一定に保ち、以つて蒸溜水の生成を定常ならしめる方法が採られている。これに対し(イ)号装置では最低段階の凝縮部に導入される供給溶液の量は常に一定しており調節されることはないし、また加熱器への熱入力も定常ではなく、加熱器出口温度が一定になるよう逆に熱入力を変動させている。すなわち、(イ)号装置ではブラインの最高温度が一定に保たれるのみで最低温度は理論上は一定されないことになる。
この両者の差異は結局特許が潜水艦のように急激かつ広範囲の海水の温度変化に対応する手段として発明されたものであるのに対し、(イ)号装置は急激な温度変化を前提とせず(通常の船舶または固定装置では急激な温度変化は起らないし、またその温度差も大きくはない)、ブラインの最高温度を適切に固定することによつて、定常な蒸溜水の生成もさることながら、温度上昇に伴うスケールの生成を防止することを目的としているのである。
(二) 原告(イ)号装置が最低段凝縮部に導入される供給海水の量を調節するものでないことは、(イ)号図面に示されている海水取入口の弁(管16の弁)および冷却水の排出管の弁(管60の弁)がいずれも仕切弁(で示され註記されている)であつて本来流量の調節が不可能な弁であることから明らかである。また管16の弁は二系列あるがこれはフイルター取替等の場合に一方の使用を止めた場合の予備で、記号 は通常閉鎖されていることを示しているのである。
(三) 原告(イ)号装置が加熱器への熱入力を変動させ、加熱器出口温度を一定に保つ方法を採つていることを(イ)号図面につき説明すれば、加熱蒸気を供給する管51に設けられた自動調節弁70(CV―1)は加熱器H―8を出たブライン配管23bに設けられたブライン加熱温度調節装置71(TIC)に連結され、加熱器出口温度が一定になるようにされているのである。
七、(イ)号装置と補正後の請求範囲との差異
1 かりに、本件特許の技術的範囲は補正後の特許請求の範囲の記載によるべきものであるとしても、つぎに述べるとおり、(イ)号装置は補正後の請求範囲に記載された要件をも欠如している。
(一) (イ)号装置では蒸発器が多数の蒸発圧力の高い一群(五段)と少数の蒸発圧力の低い一群(二段)に分けられているのに対し、本件特許発明はその区別をしていない。
(二) (イ)号装置では新しい塩水は蒸発圧力の低い一群(二段階)の各凝縮室を通過するのに対し、本件特許発明では最終段階の凝縮室のみを通過する。
(三) (イ)号装置では右(二)の塩水は最終段沸騰室に導入されここで循環ブラインと混合されるのに対し、本件特許発明では最終段階を出たブラインが最終段階の直前の段階の凝縮室に導入されるまでの配管の途中で混合される。
(四) (イ)号装置では再循環ブラインは蒸発圧力の高い一群のうちで最も蒸発圧力の低い段階(第五段階)の凝縮室に導入されるのに対し、本件特許発明では最終段階の直前の段階の凝縮室に導入される。
(五) (イ)号装置では導入供給溶液の量を蒸発器内の温度に応じて調節する段階および加熱器に一般に定常な熱入力を与える段階はないが、本件特許発明には右二段階がある。
2 被告の主張に対する反論
被告は補正後の請求範囲に基づく技術的範囲に関し、
(一) 「再循環ブラインを最終段階より高い一段階の凝縮部を通過せしめる」とは最終段階より高い段階であれば、どの段階であつてもすべて「最終段階より高い一段階」に含まれる。
(二) 「新しい塩水を最低段階の凝縮部に通したのち」とは、最低段階の凝縮部のみに通すことに限定されず、最低段階の凝縮部に通しさえすればこれより高いどの段階の凝縮部を通してもすべてこれに包含される。
(三) 「残る小一部分を前記ブラインと混合」する個所は、装置案内のどこであつてもすべて技術的範囲に含まれる。
(四) 「系内のブラインの一小部分を引出す」個所は、装置案内のどこであつてもすべて技術的範囲に含まれる旨主張する。
しかし、右の諸点が全く無限定であるとすれば、本件特許は新しい塩水およびブラインが如何なる循環経路を通つても、どこでブラインを引出し、どこで新しい塩水と混合されようともその作用効果に異動がないとみなしていることを意味することとなる。熱力学上は、再循環ブラインを最低段階よりも一つ高い段階から通し始める場合と、最低段階より二つ高い段階から通し始める場合とでは明確に効率の差が認められるし、また最低段階の凝縮部を通過した新しい塩水の一小部分が再循環ブラインと混合される個所が、最低段階の沸騰室である場合と本件特許の実施例の如く最低段階の沸騰室を出た後の配管の途中である場合とでは、その作用効果は著しく異なるのである。
これを具体的に説明すれば、
(一) 蒸溜器内において生成される蒸溜水の量は蒸溜器内の平均温度差に比例する。したがつて、新しい塩水の一小部分と再循環ブラインの混合されたものが冷却水として最低段階より一つ高い段階の凝縮室に導入される場合と、二つ高い段階に導入される場合とでは当然後者の方が平均温度差が大となり、造水量も多くなる。これを逆にいえば、同一造水量を得るためには後者の方が装置が小型で足りることになる。
(二) また、新しい塩水が本件特許の実施例の如く最低段階の沸騰室を出たブラインと配管の途中で混合される場合と、新しい塩水が最低段階の沸騰室に導入され、ここでブラインと混合される場合とでは不凝縮ガスの脱気の上で著しい相違がある。前者のように配管の途中で混合される場合は、新しい塩水に脱気されないまま第一段階の沸騰室に導入されるので第一段階の沸騰室でガスが分離して圧力を高める(したがつて、これを防ぐためには別個に脱気装置によつて不凝縮ガスを脱気する必要がある)。ところが、後者の如く最低段階の沸騰室で混合される場合は、ここでガスが分離されるので第一段階の圧力を高めない。
(三) 新しい塩水が再循環ブラインに混合される個所が全く限定されず「任意の段階の沸騰室」であつてもよいとすれば、例えば最低段階の凝縮室を出た新しい塩水を三〇段階中の第一〇段階の沸騰室で混合してもよいことになる。しかしこのような方法をとれば当然当該沸騰室内のブライン温度を低下させ、場合によつてフラツシユ蒸発を不能にし、またそれ以下の段階にも悪影響を与える。
(四) 系内のブラインの一小部分を引出すのは、ブラインの濃縮比を一定限度以上に高めないためにフラツシユ蒸発した残ブラインの一部を排出し、その代りに新しい塩水を補給する(その量は排出ブラインと蒸溜水量の和)ためである。したがつてブラインの排出はブラインが最も濃縮された状態にある最低段階の沸騰室または同室を出た後でなければ効果が乏しいのである。ブラインの一小部分を引出す個所については何ら限定なき旨の被告主張は不合理である。
(五) 被告主張どおり前記の諸点に限定がないとすれば、極めて多数の段階を有するフラツシユ蒸発装置において、<1>最低段階の沸騰室を出た再循環ブラインをいきなり第一段階の凝縮室に導入し、<2>新しい塩水を最低段階から第二段階までの凝縮室を通過させた後その大部分を廃棄し、<3>残る小一部分を第一〇段階の沸騰室において循環ブラインと混合し、<4>ブラインの一小部分を第一段沸騰室から引出す方法を仮にとつたとすれば、その装置は殆んど効果を失うに至るであろう。
以上の諸点を総合して考えると、補正後の本件特許発明の技術的範囲は、結局図面の表示と請求範囲の記載を素直に読めば明らかなとおり、
(一) 「最終段階より高い一段階」とは、最終段階の直前の段階を指し、
(二) 「新しい塩水を最低段階の凝縮部に通した後」とは、最低段階の凝縮部を通した後直ちにの趣旨であり、
(三) 「残る小一部分を前記ブラインと混合」する個所は、最終段階を出たブラインが最終段階の直前の段階の凝縮室に導入されるまでの配管の途中であり、
(四) 「系内のブラインの一小部分を引出す」個所は、最低段階に連結するブライン配管の途中である。
と解ささるを得ない。
さらに、本件特許につき、補正前の請求範囲と補正後の請求範囲との間に内容の同一性が認められ、補正が有効であるとすれば、当然補正後の請求範囲に基づく技術的範囲には補正前の要部がそのまま含まれていなければならないから、補正前の請求範囲の要部であるb「導入供給溶液の量を前記蒸発器内の温度に応じて調節する段階」、f「加熱器に一般に定常な熱入力を与える段階」が補正後の本件特許発明の技術的範囲の構成要件として含まれていると解されねばならない((イ)号装置が右二要件を欠いていることは既に述べた)。
八、公知技術と補正後の技術的範囲との関係
前記ケミカルエンジニアリング誌およびジエンジニア誌はいずれも本件特許発明と同一発明についての米国における出願後のものであるが、日本における本件特許出願前に発表されていたのである。本件特許出願においてはパリ条約第四条による優先権の主張がなされていない(その期間経過後であつた)から、本件特許発明の技術的範囲は当然米国特許とは別個独立に判断されなければならない。補正後の請求範囲に基づく本件特許発明の技術的範囲を、被告主張の如く、<1>新しい塩水は最低段階の凝縮室に適した後どのような経過を通つてどこで循環ブラインと混合されようとも、<2>または最低段階の沸騰室を出たブラインは最低段階より高い段階であればどの段階の凝縮室に導入されようとも、すべてその技術的範囲に含まれると解するならば、出願時既に公知であつた右ケミカルエンジニアリング誌およびジエンジニアリング誌の各循環方法もすべて結論的に本件特許と同一に帰することとなり、公知技術に対して特許権が与えられたこととなろう。右の如き結論が承認できないことはいうまでもないから、このことからも被告主張の如き恣意的な解釈が許されないことが明らかである。
特許権が新規な工業的発明に対して与えられるものである以上、出願当時において公知であつた技術は特許権の対象に含まれるはずがない。したがつて、本件特許発明の技術的範囲を判断するについては、少くとも出願時において公知であつた右ケミカルエンジニアリング誌およびエンジニア誌所掲の方法は右技術的範囲には属さず、本件特許はその特殊な構造に対してのみ与えられたものと解するのほかない。すなわち、本件特許の技術的範囲は少くとも右公知の方法を除外して解釈されなければならない。原告の(イ)号装置は本件出願前既に公知となつていた右エンジニア誌所掲の方法を採用したものであるから、この点からみても(イ)号装置が本件特許発明の技術的範囲に属さないことは明らかである。
九、差止請求権の不存在
出願時公知公用であつた技術については差止請求が許されない。前記ジエンジニア誌(甲第八号証の二)が本件特許出願時に既に公知であつたことは明らかであり、(イ)号装置は全面的にこの公知技術を採用したものにほかならない。したがつて、仮に、被告主張のとおり、(イ)号装置が本件特許発明の技術的範囲に含まれるとしても、被告が公知技術そのものである(イ)号装置について差止請求をすることは許されないといわざるを得ない。
一〇、訴の利益
原告らが製造販売しようとしている(イ)号装置は営業上の受注実績こそないが、実装置に近い一日造水量五〇トンの六段式実験装置は既に製作済であり、また原告らは多段フラツシユ蒸発装置の受注販売活動のためカタログKURITA'S FLASH EVAPORATION PLANT MODEL KMFを作成、領布している。右受注活動において原告らと被告とが競合することが多く、被告は、本訴におけるその主張からも明らかなように、ブライン再循環方式の多段フラツシユ蒸発装置はいかなる場合もすべて本件特許権に抵触する如く主張し、原告らの営業活動を妨害している。このような場合、事実において発注先では特許紛争に巻込まれることを極度に警戒し、その結果原告らへの発注を敬遠する傾向が顕著であり、これが過去において原告らの受注が得られなかつた主因である。かくては原告らの多年の研究成果が徒労に帰するのみならず、業界の進歩発展、公正競争が妨げられ社会経済上の損失もまた著しい。最近の具体例を挙げれば、極洋捕鯨株式会社向のトロール船すり身装置用造水装置の受注につき被告と競合し、原告栗田化工建設は昭和四四年一二月その見積仕様書を作成提出したが、被告の警告により船体の受注先である日立造船株式会社は原告らの装置は本件特許権に抵触することおよび過去の製造実績を理由に極洋捕鯨株式会社に対し被告装置を推奨したため、結局原告らはその受注を得られなかつたのである。
被告が(イ)号装置は本件特許発明の技術的範囲に含まれる旨主張していることはその答弁からみても明らかである。特許法一〇〇条は専用実施権の現実の侵害のみならず、侵害するおそれのある者に対しても侵害の予防を請求することができる旨を規定している。そうすると、被告の主張からすれば、原告らに現実の営業上の実績がなくとも侵害行為をなすおそれがあることを主張して(イ)号装置の差止請求をすることは容易に考えられ法律的にも可能である。したがつて、原告側からすれば右差止請求権と表裏の関係にある差止請求権不存在の確認を求める現実の必要があるというべく、その確認の利益は当然肯認されるべきである。
一一、結語
よつて、原告らは被告に対し(イ)号装置に対する差止請求権の不存在確認および妨害行為の禁止を求める。
第三請求の原因に対する答弁
一、請求原因一記載事実のうち、原告らが海水を淡水化する装置の研究開発に着手した時期およびクリタ式造水装置の製作、販売活動を始めた時期は不知、また別紙(イ)号図面およびその説明書に示す装置は原告栗田化工建設が実際に製造販売せんとした造水装置とは異る装置であり、(イ)号図面の構造のままでは実際に作動し得ないものである。その余の事実は認める。
二、請求原因二記載の事実は認める。
三、請求原因三(技術水準)について、
1、同1の事実のうち「(三)海水の温度変化に対する調整をどうするか」の点について従来問題があつた旨の主張は争うが、その余の事実は認める。
2、同2において原告らは多段フラツシユ蒸発法はすなわち再循環式蒸発法であるかの如く主張するが、右主張は根本的に誤つている。すなわち、一段のフラツシユ蒸発法よりさらに高い熱効率でフラツシユ蒸発を行わせるため考案されたのが多段フラツシユ蒸発法であるが、このような目的で考案された多段フラツシユ蒸発法というのは原告らが主張するような「排出水の大部分は適当に新原水と混合し再循環させる方法」ではなく、蒸発室とこれに対応する凝縮室とからなる多数の蒸発段を順次低圧に保たれるように設け、原水を再低圧段の凝縮室から最高圧段の凝縮室まで順次通過せしめて各段の蒸発室で発生した蒸気を冷却凝縮させこれにより該原水を予熱し、このように予熱された原水をさらに加熱し、これを最高圧段から最低圧段に至るまで各段の蒸発室内で順次フラツシユ蒸発させ、蒸発しなかつた残りの凝縮された原水(ブライン)の全量を最低圧段蒸発室より系外に排出するという蒸発法をいうのである。これが多段フラツシユ蒸発の基本的な蒸発方法である。本件特許発明の基になつているアクア・チエム・インコーポレーテツドの米国特許発明が米国で特許化された頃より前述の基本的な蒸発法に対し画期的改良がなされた。すなわち、蒸発しなかつた残りの凝縮された原水(ブライン)の全量を系外へ排出するという方法を採らないで、ブラインの一部のみを排出しその余の部分を原水と混合して系内を再循環させるという方法が採られるに至つたのである。しかし、現在においても前述した多段フラツシユ蒸発の基本的な蒸発方法は依然として当業界において採用されており、ブラインの再循環方法と区別するため右の基本的な多段フラツシユ蒸発法のことが貫流式多段フラツシユ蒸発法と呼ばれている。原告らはこの貫流式多段フラツシユ蒸発法には全く触れず、多段フラツシユ蒸発法はすなわちブラインの再循環方式であり、ブラインの再循環方式は多段フラツシユの基本的な方法であるかのごとき誤つた印象を与えようとしている。
また、原告らは浸管式蒸溜法は古い時代のものであるかの如く主張するが、現在もなおこの浸管式蒸留装置はフラツシユ蒸溜装置と同様に製造販売されている。
3、原告らが先行技術として引用する米国特許第二、六一三、一七七号の存在ならびにケミカルエンジニアリング誌およびエンジニア誌に記載されている技術は原告らが主張しているようなものではない。つぎにその詳細を説明する。
(一) 米国特許第二六一三一七七号
原告らは、右特許明細書中に加熱ブラインを再循環させるある種(型式)の蒸発器についての説明があることをもつて、本件特許の出願の一〇年前既にブライン再循環式蒸発装置が存在し公知であつた旨主張するが、この加熱ブラインを再循環させるある型式の蒸発器とは右特許出願前既に自然循環蒸発器(Natural circulation evaporator)強制循環蒸発器(Forced civculation evaporator)として知られていた別紙添付A図、B図およびその説明書に示されているような蒸発器を指称していたのに過ぎない。そして右米国特許でいつているブライン再循環型式の蒸発器、特に自然循環蒸発器は金属面(伝熱面)沸騰蒸発器であつてフラツシユ蒸発器ではなく、強制循環蒸発器も亦基本的には金属面(伝熱面)沸騰蒸発器であつて、一八五〇年頃の昔からある古典的な蒸発器であり、しかも加熱管で加熱し蒸発しきらなかつたブラインを再びただ単に該加熱管に入れて加熱するというきわめて素朴な再循環である。このような素朴なブライン再循環は一九世紀から存在する。原告らが循環式蒸溜法の基礎原理といつているのは右のような素朴なブライン再循環のことではなくて、ブラインを発生蒸気の冷却凝縮用に用いて再循環させることである(請求原因三、2)。したがつて、右米国特許で前述のような古典的な素朴な再循環のことを云々したことをもつて、本件特許出願前既に原告らが本件特許発明の基本原理の一つとして主張するブライン再循環が米国で公知となつていたことの証拠とはなし得ない。本件特許発明の米国出願前には原告らのいうようなブライン再循環方式の蒸溜装置はアメリカにも存在しなかつたのである。
(二) ケミカルエンジニアリング誌の技術
右文献と補正前の本件特許請求の範囲との差異は、原告らが指摘する二点のみではない。すなわち、補正前の請求範囲には「その一部を排出し残余の部分を……再循環せしめる段階」と述べられているが、この「その一部」「残余の部分」というのが「一少部分」「大部分」という意味であることは、発明の詳細なる説明に「本発明によればブローダウンの相当部分が前記系続の中を再循環し、一少部分だけがポンプで船外に排出される」と説明記載されていることによつて明らかである。しかるに右文献の技術には再循環するブラインの量が大部分で系外に排出されるブラインの量が一少部分であるということが示されていない。
(三) ジエンジニア誌の技術
右文献の装置と補正前の本件特許請求の範囲との差異が原告らの指摘する二点のみでなく、再循環するブラインの量が大部分で系外に排出されるブラインの量が一少部分である点にも差異があることは右(二)の記載と同様である。したがつて、補正後の本件特許請求範囲記載のブラインの再循環量が大部分でブラインの排出量が一少部分であるという要件についてジエンジニア誌には示されていないことはいうまでもない。原告ら(イ)号装置が右ジエンジニア誌所掲のものと同一である旨の主張事実は否認する。
(四) ブラインの大部分を再循環させる技術について
原告らは、ブライン循環式である以上は当然ブラインの大部分が再循環し一少部分だけが排出されるのでなければ意味がないから、ブライン再循環式においてはブラインの大部分を再循環させることが当然の前提となつており公知であつた旨主張するが、右主張は誤りである。すなわち、
原告らは本件特許出願当時における我国の技術水準を基礎として議論しなければならないにもかかわらず、現在の技術水準としている点にまず誤りがある。原告らは、「循環全量に比較して小量の新に給水される海水に対してのみ薬品を投入する等の給水処理を行えばよい」というブライン循環式の長所を強調するが、「循環全量に比較して小量の新に給水される海水」という考えそのものが我国の現在の技術水準において初めていえることであつて、本件特許出願当時の技術水準においてはわかつていなかつたことであるから、右長所をもつて本件特許出願時ブラインの大部分を再循環させる技術が公知であつたことの理由ないし根拠とはなし得ない。右ジエンジニア誌にもブラインの大部分を再循環させる技術はなんら示されていないのである。
原告らは右ジエンジニア誌の説明文および例示された数値を総合して試算すれば、同誌所掲の装置は排出ブラインの約八・四~一〇・四倍のブラインを再循環させていることが判明する旨主張する。右主張の実体は、一般に蒸発に要したエネルギー(蒸発量と蒸発溜熱との積)はブラインから奪われたエネルギー(ブラインの降下した温度差と比熱および循環量の積)、に等しいから、蒸発潜熱をγ、蒸発量をE、比熱をC、循環量をR、循環ブラインの最高温度をtmax、循環ブラインの最低温度をtminで表わせば、
γE=(CR)×(tmax-tmin)……(1)
R/E=γ/C(tmax-tmin)………(2)
の式がフラツシユ蒸発には成り立つことになつており、この式を利用して計算すればケミカルエンジニアリング誌やジエンジニア誌の装置のブラインの再循環比が判明するというのである。
しかし、本件特許出願前には我国ではフラツシユ蒸発装置は全く製作されていなかつたし、フラツシユ蒸発装置の製作に関する技術は殆んど皆無であつた。したがつて、右計算式自体は本件特許出願前から判つていたけれども、本件特許出願当時我国の当業界の技術者が右ケミカルエンジニアリング誌およびジエンジニア誌を読んでも、流動系統が複雑に入り込んでおり、熱の運搬、授受もかなり複雑に相互に干渉しているブライン再循環式多段フラツシユ蒸発装置であるから、右計算式を用い得るということを想いつくことはとうてい不可能であつた(右計算式をブライン再循環式多段フラツシユ蒸発装置に利用することが判明したのは昭和三六年以降である)。刊行物の記載によつて公知の技術となるためには、刊行物に容易に実施することを得べき程度において記載されていることが必要であると解すべきであるから、右両誌の記載の程度では系外に廃棄するブラインの量が小一部分で再循環させるブラインの量が大部分であるという技術が我国の当業界に示されたとはとうていいえない。
四、補正(訂正)について
請求原因四記載の事実のうち本件特許査定・登録に至る経過および補正(訂正)前および補正(訂正)後の特許請求の範囲の記載が原告ら主張のとおりであることは認めるが、その余の事実はすべて否認する。つぎに述べるとおり、補正(訂正)は有効であるから、本件特許発明の技術的範囲は補正後の特許請求の範囲の記載に基づいて定められなければならない。
1、旧法による訂正命令に基づく訂正であるから有効である。
(一) 本件特許出願についての訂正(補正)は現行特許法施行法二〇条一項に基づき「従前の例により」、すなわち旧法に準拠してなされたものである。出願公告後であるから旧法七五条五項の命令による以外は出願人の自発的な訂正(補正)は全く不可能である場合における、訂正命令に基づく訂正(補正)である。
出願公告決定後(より正確にいえば出願公告決定謄本送達後)の補正については、旧法と現行法とではその内容が本質的に相違している。旧法では七五条五項、施行規則一一条三項により出願人の自発的な訂正(補正)は全く認められていないのであり、審査官(または審判官)が必要ありと認めて訂正命令を発した場合以外は絶対に訂正することができなかつた。これに反して現行法(以下単に法という場合は現行法を指す)では出願人は特許出願について拒絶理由の通知があつた場合または特許異議の申立があつた場合に、その拒絶理由または特許異議の申立の理由に示された事項に限つて六四条一項各号所定の範囲内で補正することができるものとし、あくまでも出願人の自発的補正ということで貫いている(当事者主義)のに対し、旧法では出願人の自発的補正を全く認めず命令補正にのみ限定している(職権主義)というように旧法と現行法とでは根本的な相違がある。また旧法では審査官(または審判官)が必要ありと認めたときは訂正命令を発することができるのであるから訂正(補正)の範囲については何ら明文の規定がなかつたのに対し現行法では補正の範囲を右のように限定している。右の点は根本的な改正点の一つである。すなわち、現行法は旧法と異なる原則に立つて、旧法七五条五項、一一三条二項、同施行規則一一条三項によるいわゆる出願公告決定後の命令補正の制度を全面的に廃止した。このことは法六四条の規定上極めて明らかである。したがつて法四二条にいわゆる「出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達後にした補正」とはすべて特許出願人がその自由意思に基づいて自発的になした補正のみを意味することも極めて明らかである。したがつて、法施行法二九条は「旧法によりした処分、手続その他の行為は、新法中にこれに相当する規定があるときは、新法によりしたものとみなす。」と規定しているが、出願公告決定後の補正に関する法六四条がこれと全くその建前ないし原則を異にしている旧法七五条五項、同施行規則一一条三項によつてなされた命令訂正(命令補正)の場合に「相当する」規定であると考えることは絶対にできない。旧法の右規定に従つてなした命令訂正(命令補正)を施行法二九条を理由に新法によりしたものとみなすことはできないし、法四二条の規定が前記命令訂正(命令補正)に適用される余地はない。
(二) 原告らは、法施行法二〇条一項により査定または審決が確定するまではその審理手続は旧法によつてなされるが、しかしこれはあくまでも手続面における問題のみであり、査定または審決が確定した後は特許権の実体的効力および範囲は現行法によつて解釈されなければならない旨主張する。しかし、およそ手続が改正された場合は法律が特別の規定をしない限り、新法はその施行期日からすべての事件に、したがつて旧法によつて既に係属している事件にも適用があるのが原則であるが、既に旧法によつて係属している事件をすべて新法によらしめることは手続上無用の混乱を来すおそれがあるのみならず、旧法によつて取得した当事者の地位、利益ないし権利を害し、殊に対立当事者のある場合または特許事件の如く一般の利害関係を伴う場合には相手方または第三者に対し不利益を与える等不当な結果を招来するおそれなしとしないため、手続法を改正して施行する際には施行期日前から係属している事件はその手続の完結までは旧法の手続によらしめるのが立法の慣例的原則である。したがつて、これに従つた個々の手続の効力も旧法の規定によるのが当然であつて、旧法上有効な個々の処分手続およびその他の行為ならびにそれらの集積の結果到達した有効な特許権設定は、新法の下においても旧法の範囲内において有効と認められなければ、一体何のために旧法の手続によらしめたかをとうてい理解し得なくなる。
すなわち、法施行法二〇条一項に法施行の際現に係属している特許出願については、その特許出願について査定または審決が確定するまでは「なお従前の例による」と規定されているのは、その特許出願についての処分、手続、その他の行為の方式ないし要件はすべて旧法によるべきことを意味するとともに、それらの効力も亦旧法によるべきことを意味するのである。したがつて、旧法によりした本件の命令補正の適否ないし効力は専ら旧法によつて決定されなければならない。
そして、旧法における<1>出願公告後の補正は命令補正(訂正)に限定されていたこと(七五条五項、施行規則一一条三項)、<2>右補正命令またはこれに従つた補正についてこれを争う方法が認められていなかつたこと、<3>右補正(訂正)命令の場合には明文上特に要旨変更を禁止する旨の規定がなかつたこと等を総合して考えると、旧法は、出願公告決定後の場合は専門官庁たる審査官(または審判官)がその必要ありと認める場合に限りその内容を特定した命令をもつてこれを命ずるのであるから、かかる命令には要旨不変更の原則を乱すようなことはあり得ないとの建前に立つていたと解される。旧法における出願公告決定後の補正命令による補正は実質的には職権による補正に等しいのみならず法律上その適法性が高度に保障されている点に着目して、補正命令およびこれに従つた補正はこれを有効とし、法律上これを争い得ない建前にしていたものであることは極めて明らかである。
しかも、大審院(大正五年一二月八日民録二二―二三九三)が「実用新案が当初の登録出願書類を後に訂正したるものに依り登録せられたる以上は、仮令其訂正が実用新案法施行細則第十一条特許法施行細則第十条に違背するものありとするも、其登録が取消されざる限り、登録新案の範囲は訂正書類に従い定むべきは当然とす。」と判示したいわゆる自発訂正(補正)についての解釈に鑑みれば、旧法七五条五項、一一三条二項、同施行規則一一条三項による訂正命令に従つた訂正(補正)を経て設定登録された特許権は、旧法上たとえその訂正命令に違法な点があつたとしても、その登録が取消されない限りは該特許発明の技術的範囲は訂正書類に従つて定められるべきであると解すべきことは自発訂正の場合に比して一層然りといい得るのである。このことは、旧法には現行法四二条に該当する条文がなく、違法な訂正命令に基づく訂正(補正)を経て特許権の設定・登録のあつた場合について何らこれを制限する規定のなかつたこと等を併せ考えると一層然りといわざるを得ない。
原告らが引用する昭和一四年四月二六日言渡の大審院判決(民集一八・五二六)は「然れども原審は本件特許出願当初の明細書及図面中には所論の間隙保持兼補強装置に関しては何等の記載なきを以て該装置は本件特許の要旨に属せざる旨判断したるものにして特許出願後要旨を追加し得ざるは特許法第七条乃至第九条等の規定に徴し当然のことなるを以て右の判断は正当なりと言うべく之と反対の見地に立ちて原審決を非難する所論は理由なく」と判示しているのであるから、右判決が要旨の変更の補正の違法が看過されて特許権が設定、登録された場合における該特許権の効力についてなされた判決でないことは明らかである。右大審院判決は、補正に仮に要旨変更があつても登録せられた以上はその登録が取消されざる限り補正後の請求範囲によりその範囲を定めるべきであるとした前掲大正五年の大審院判決をいささかでも変更したものではない。
また、本件の補正のような出願公告決定後の命令に基づく補正(訂正)の例は特許庁の実務上その数が少くなかつたにもかかわらず、要旨変更の有無が争われ、これに対し応答のなされた審決、判決は従来全く存在しない。このことは、正に、出願公告決定後の訂正命令、これに従つた訂正(補正)に対しては法律上争い得ないとの旧法上の建前が実務において一般に承認されていたことを示すものに外ならない。
2、要旨の変更なし―余剰記載の削除であるから有効である。
本件特許の補正前の特許請求の範囲に「導入供給溶液の量を前記蒸発器内の温度に応じて調節する段階」と「加熱器に一般に定常な熱入力を与える段階」とが記載されていたが、補正後の特許請求の範囲にはこれらの記載が削除されていたことは原告ら主張のとおりである。
(一) しかし、一般の蒸発装置において蒸発室内で発生する一定量の蒸気を凝縮させ一定量の蒸溜水を得るには蒸発室内の温度に応じて前記の冷却凝縮用に用いられる導入原料水(導入供給溶液)の量を調節すること、換言すれば蒸発室内の温度が定常に保たれるように導入原料水の温度変化に応じて該導入原料水の量を調節するというぐらいの程度のことは当業界におけるきわめてありふれた初歩的技術常識である。多段フラツシユ蒸発装置にブラインの再循環方式が採用された場合にも以上の初歩的な技術常識が当てはまることはいうまでもない。したがつて、補正前の特許請求の範囲に「導入供給溶液の量を前記蒸発器内の温度に応じて調節する段階を含む」と記載されていたのは当業界におけるありふれた技術常識、当業界において従来採用されている当然の慣用手段を記述していたものに過ぎず、発明の構成に欠くことのできない事項の記載ではなく、余剰記載に過ぎなかつたのである。補正の際にかかる余剰記載の部分を削除したからといつて発明の要旨を変更することにもならないし、請求範囲を拡大したことにもならないことはいうまでもない。
(二) 一般の蒸発装置において所定条件の下で一定量の蒸気の発生量すなわち一定量の蒸溜水を得るには、加熱器に与える熱入力(加熱器に与える熱量)を一定に保つことを要するということはこれまた当業界におけるありふれた技術常識であり、これは蒸発の技術分野における最も基本的な事項の一つである。多段フラツシユ蒸発装置にブラインの再循環方式が採用された場合にも以上のありふれた技術常識が当てはまることはいうまでもない。本件特許明細書の発明の詳細な説明の項(公報二頁の左欄二〇行目以下)に「前記エゼクター44及び45から出た蒸気は次に管50を通り給水加熱器22の熱源として利用される。給水加熱器22に供給されるこのエゼクター蒸気は加熱器22に必要な熱の小部分だけを与えるもので、追加加熱蒸気はタービンまたは船内にある他の消費源の排出系から引かれた管51を通して加熱器22に供給される。」と記載され、また添付図面には加熱器22に蒸気を供給する管51に加熱器へ供給する蒸気量(熱量)を調節する弁を図示しているが、右説明記載と図示とを総合すれば加熱器へ与える熱量(熱入力)を一定に保つものであることがわかる。このことを補正前の特許請求の範囲に「加熱器に一般に定常な熱入力を与える段階」と記載したのであるが、既に述べたとおり右段階は当業界におけるありふれた技術常識であつたから、右段階の記載は当業界におけるありふれた技術常識をそのまま記載していたものに過ぎず、補正前の特許請求の範囲中の右段階の記載は発明の構成に欠くことのできない事項の記載ではなく、余剰記載に過ぎなかつたということが明らかとなる。したがつて、補正の際にかかる余剰記載を削除したからといつて、発明の要旨を変更することにもならないし、請求範囲を拡大したことにもならないことはいうまでもない。
仮に、百歩を譲り補正の際に削除した右各記載が発明の構成要件としての記載であつたとしても、特許請求の範囲中の右各記載を補正の際削除することは、特許請求の範囲を増減変更したことにはなるが、旧特許法施行規則一二条によりその要旨を変更するものとはみなされないのである。
(三) 原告らは補正後の特許請求の範囲は全く公知技術に属し特許要件を備えていない旨主張するが、後に詳述するとおり、補正後の請求範囲においては、<1>新しい塩水を再循環ブラインと混合する個所について何らの限定もなされていないから、新しい塩水を最低段でブラインと混合しても、最低段より一つあるいはそれ以上高いいずれの段でブラインと混合しても、最低段に連絡するブライン配管の途中でブラインと混合しても、いずれの場合も本件特許発明の技術的範囲内の方法であり、また<2>ブラインを引出す個所についても何ら限定がないから、最低段よりブラインを引出しても、最低段へ連絡するブライン配管の途中で引出してもその技術的範囲内の方法であるのみならず、<3>新しい塩水をブラインと混合する方法とブラインを引出す方法との組合せについても何ら限定がないから、以上の各方法を任意に組合せた多数の方法がその技術的範囲に含まれるのである。原告らが公知技術として引用するケミカルエンジニアリング、ジエンジニアに示されているものは、新しい塩水を最低段で再循環ブラインに混合し、系内のブラインを最低段に連絡したブライン配管の途中より引出す方法についてのみ明らかにしているに過ぎない。さらに、<4>補正後の請求範囲に基づく技術的思想は再循環ブラインによつて凝縮作用を行う段は新しい塩水によつて凝縮作用を行う段以外の段であるという方法のみに限定されるものではなく、一部の段では再循環ブラインと新しい塩水との両者で凝縮作用が行われるという方法をも含んでいるのであるが、ケミカルエンジニアリングとジエンジニアで示されているものは再循環ブラインによつて凝縮作用を行う段は新しい塩水によつて凝縮作用を行う段以外の段であるという方法のみを示しているだけで、一部の段では再循環ブラインと新しい塩水との両者で凝縮作用を行う方法について何ら示していない。
したがつて、原告ら引用のケミカルエンジニアリング誌とジエンジニア誌の記載をもつて補正後の請求範囲が出願前公知であつたということができないのは勿論、右各記載から当業者が容易に推考し得る内容であるということもできないから、原告らの右主張は失当である。
五、(イ)号装置について
(イ)号図面は認めるが原告らが(イ)号装置の特徴として主張する請求原因五のうちIIおよびIVの事実は否認する。最高圧段の蒸発器に入る前のブラインの温度と最低圧段の蒸発室内のブラインの温度との温度差が当該装置によつて生成する蒸溜水の量に比例することは多段フラツシユ蒸発法における基本的な原理であり、他方供給される海水の量が一定である場合は最低圧段の蒸発室のブラインの温度は供給海水の温度変化により変動することになることは明らかであるから、(イ)号装置において供給される海水の量が原告ら主張のとおり一定であるとすると、最高圧段の蒸発室に入る前のブラインの温度と最低圧段の蒸発室内のブラインの温度との温度差が変動することになるから、たとえ加熱器に与える熱入力の調節を行うとしても、(イ)号装置では原告らのいうような比較的定常な蒸溜水を生成することはできない。(イ)号装置が原告ら主張の如く比較的定常な蒸溜水を生成する装置である以上は、(イ)号装置における新しい塩水取入れ管16、16a、新しい塩水の排出管60にそれぞれ設けられた弁は導入供給溶液の量を蒸発器内の温度に応じて調節するためのものであり、また加熱蒸気を供給する管51に設けられた調節弁70は加熱器に一般に定常な熱入力を与えるためのものであるはずである。
六、補正前の特許請求の範囲と(イ)号装置との比較
本件特許発明の技術的範囲は補正後の特許請求の範囲の記載に基づいて定められるべきであるから、補正前の特許請求の範囲に基づく技術的範囲と(イ)号装置とを比較検討する必要は全くないが、原告らが両者間に大きな差異がある旨主張するので、原告らの右主張も誤りであることを念のため明らかにする。
1、補正前の特許請求の範囲のうち「導入供給溶液の量を蒸発器内の温度に応じて調節する段階」という記載が仮に発明の構成要件に該当するとしても、(イ)号装置は第七段(最低段)の沸騰室F―7内の温度を検出する温度計(TG6)が設けられており、新しい塩水の取入れ管16、16a新しい塩水の排出管60にはそれぞれ弁が設けられており、第七段の沸騰室内の温度変化に応じて供給溶液の量を調節できるようになつているから、(イ)号装置が「導入供給溶液の量を蒸発器内の温度に応じて調節する段階」を含んでいることは明らかである。なお、その調節手段が自動的でなく手動的であつても右「調節する段階」に該当することは勿論である。
2、補正前の特許請求の範囲のうち「加熱器に一般に定常な熱入力を与える段階」という記載が仮に発明の構成要件に該当するとしても、(イ)号装置は加熱蒸気を加熱器H―8へ供給する管51に調節弁70(CV―1)が設けられており、加熱器H―8を出たブライン配管23bに温度調節計71(TIC)が設けられていて、加熱器H―8へ供給される加熱蒸気の圧力および温度が変動すると該加熱器への熱入力が変り、該加熱器出口のブライン温度が変動するのでこの温度を前記の温度調節計で検出し該ブライン出口温度が一定となるよう前記調節弁の開度を制御することによつて、該加熱器への熱入力を定常に維持せしめているのであるから、(イ)号装置が「加熱器に一般に定常な熱入力を与える段階」を含むことは明らかである。
本件特許明細書添付の一実施例を示した図面には、右調節手段としては加熱器へ熱源たる蒸気を供給する管51に手動調節弁を図示しているが、請求範囲には「加熱器に一般に定常な熱入力を与える段階」と記載されているだけであるから、自動調節弁でも手動調節弁でも右調節手段としては同一である。原告らが作用効果の差異IIとして主張する諸事項は全く出鱈目である。
原告らは、右温度調節弁および温度調節計は熱入力を一定にするための装置ではなく、導入供給溶液の量を調節する代りに加熱器への熱入力を変化させることによつて加熱器出口のブライン温度を一定にして装置の安定操作を企画している旨弁解するが、一般に蒸発装置において比較的定常な蒸溜水の生成を維持するためには、系外より加熱器に供給される熱入力が定常に維持されなければならないことは当業界における技術常識であるから、(イ)号装置が比較的定常な蒸溜水を生成するものである以上加熱器に供給される熱入力を定常に維持することは絶対に必要である。したがつて、右温度調節弁および温度調節計は加熱器への熱入力を定常に維持する装置であることは明らかである。
3、(イ)号装置は、ブラインの一部を最低段に連絡するブライン配管の途中より系外に引出し、他の一部を最低段から第一段に再循環させ、再循環ブラインを最低段より二つ高い段の凝縮部より第一段の凝縮部まで通過せしめこれらの段の沸騰室で生じた蒸気を凝縮せしめ、再循環ブラインを第一段の沸騰室に導入する前に加熱器でさらに加熱し、原料海水を最低段と最低段より一つ高い段の凝縮部を通過せしめた後その一部を系外へ廃棄し、他の一部を最低段で再循環ブラインと混合するものであるから、右構成は、補正前の請求範囲のうち1および2の構成を除くその余の構成、すなわち蒸発器中の溶液から発生する蒸気を凝縮せしめるために凝縮器熱交換器に前記供給溶液を導入する段階、前記供給溶液の一部を加熱器の中を通し次で前記蒸発器に導入する段階、溶液を前記蒸発器から引抜く段階、その一部を排出し残余の部分を前記加熱器に導入される供給溶液中に再循環せしめる段階を含んでいることは明らかである。
以上で明らかなとおり、(イ)号装置による蒸溜方法は補正前の本件特許請求の範囲の構成要件をすべて具備している。
4、原告らは本件特許発明の一実施例に過ぎない明細書添付の図面を根拠に補正前の本件特許発明の装置は新しい海水を第二段の凝縮部に通した後一部を循環ブライン系に混合する装置であり、(イ)号装置はこれと異る旨主張するが、補正前の特許請求の範囲が二段以上の多段を前提としていることは特許請求の範囲の附記5および8に「蒸発器が複数の段階」と記載されていることに徴し明らかである。原告らが作用効果の差異IIIとして主張する諸事項は全く出鱈目である。
七、(イ)号装置と補正後の請求範囲との比較
(イ)号装置は補正後の請求範囲の各構成要件をすべて具備している。
1、補正後の本件特許発明は、
(一) 塩水を受取る高圧の第一段階から塩分の高いブラインを生ずる最低段階まで複数の段階を水平方向に間隔を置いて直列に配置し各段階に凝縮部と沸騰室とを有する沸騰蒸発装置による塩水蒸発方法であること。
(二) 系内のブラインの一小部分を引出しブラインの大部分を最終段階から第一段階に再循環させること。
(三) 再循環ブラインを最終段階より高い一段階の凝縮部を通過せしめてこの高い段階の沸騰室に生ずる蒸気を凝縮させること。
(四) 再循環ブラインを第一段階の沸騰室に導入する前に更に加熱すること。
(五) 新しい塩水を最低段階の凝縮部に通したのち大部分を廃棄し残る小一部分を再循環ブラインと混合すること。
から構成されている。
なお、本件特許発明の右(三)の要件は必ずしも再循環ブラインを最低段階の直前の段階の凝縮部より通し始めるということにのみ限定されない。換言すれば、再循環ブラインを最低段階より一つ高い段階から通し始めても、あるいはそれ以上高い段階から通し始めても、いずれの場合でもすべて右(三)の要件を充足する。請求範囲の該当個所の文言から明らかなように、該ブラインを最低段階より高い任意の段階より通し始めるということが右(三)の要件である。
また、本件特許発明の右(三)の要件は新しい塩水を通過せしめる凝縮部を有する段を最終段の一段のみに限定していない。請求範囲には「新しい塩水を最低段階の凝縮部に通したのち大部分を廃棄し」と記載されているだけで、新しい塩水を最低段階の凝縮部に通したのち直ちにその大部分を廃棄しとは記載されていない。したがつて、新しい塩水を最低段階の凝縮部だけを通してその大部分を廃棄する場合も、最低段階と最低段階より一つ高い段階の凝縮部とを通してその大部分を廃棄する場合も、最低段階および最低段階より高い数個の段の凝縮部を通してその大部分を廃棄する場合も、すべて右(三)の要件を充足する。すなわち、右(三)の要件は最低段階を含む数個の段階の凝縮部に塩水を通過させるものをすべて包含している。そして、右(三)の要件は装置系内で新しい塩水が再循環ブラインに加えられる個所が特定されていないという重要な特徴を有する。すなわち、その混合する個所が最低段の蒸発室内であつても、最低段よりも高い任意の段の蒸発室内であつても、配管の途中であつても、装置系内のその他の任意の個所であつても、いずれも右(三)を充足するのである。
また、本件特許発明の(二)の要件についてもブラインの一小部分を引出す個所に何らの限定もない。したがつて、系内のブラインの一小部分を最低段から引出す方法も、最低段に連絡するブライン配管の途中から引出す方法も、すべて右要件を充足する。しかも、新しい塩水を最低段の凝縮部に通したのち大部分を廃棄し残る小一部分を再循環ブラインと混合するが、この混合の個所も前記のとおり限定がないから、ブラインの一小部分を系内のいずれの個所より引出すかという方法と、新しい塩水の残る小一部分を系内のいずれの個所で混合するかという方法をどのように組み合わせるかということについても本件特許発明は何ら限定していない。本件特許発明の技術的範囲は実に広い範囲である。
2 右本件特許発明の構成要件と(イ)号装置を対比すると、
(一) (イ)号装置のH―1、F―1が塩水を受取る高圧の第一段階、H―7、F―7が塩分の高いブラインを生ずる最低段階であつて、塩水を受取る高圧の第一段階たるH―1、F―1から塩分の高いブラインを生ずる最低圧の最終段階たるH―7F―7まで複数(七個)の段階が水平方向に直列に配置されており(各段階相互に間隔は置かれていないが、間隔があつてもなくてもその作用効果はほとんど差異がないから、間隔の有無は問題とするに足りない)、各段階には上部に凝縮部(H―1ないしF―7)と下部に沸騰室(F―1ないしF―7)とをそれぞれ有しているから、右構成は前記1の(一)の要件に該当することは明らかである。
(二) (イ)号装置では、最低段階の沸騰室F―7内のブラインは管13を経てポンプ26により引き抜かれ管25に供給され、そのうちの一部分は管27、74を経て系外へ引出され、残りのブラインは管28、管19を経て第五段から第一段までの凝縮部(H―5ないしH―1)を順次通過し蒸気エゼクターアフター復水器H―9を経て加熱器H―8で加熱された後管23bを経て第一段階の沸騰室F―1へ導入され、そこで一部蒸発し、残りのブラインは第二、三、四、五、六段の沸騰室を順次経て第七段の沸騰室F―7へ導入され、それまでの個所で蒸発せずに残つたブラインは管13を経てポンプ26により引き抜かれ管25に供給され、そのうち一部分は管27、74を経て系外へ引出され、残りのブラインは管28を経て前述したとおりの経路を再循環する。再循環ブラインの管28の大きさは8インチであるのに対しブラインを系外へ引出す管27、74の大きさは2インチであるから、系外へ引出されるブラインの量が一小部分で系内を再循環するブラインの量が大部分であることがわかる。よつて、右構成が前記1の(一)の要件に該当することは明らかである。
(三) (イ)号装置では、前述のように再循環ブラインは管28を経て最低段階たる第七段より高い圧力の段階たる第五ないし第一段の各凝縮部(H―5ないしH―1)を順次通過するが、この通過に際し該ブラインで第五ないし第一段の各沸騰室(F―5ないしF―1)に生ずる蒸気をそれぞれ凝縮させる。右構成が前記1の(三)の要件に該当することは明らかである。
(四) (イ)号装置では、既にブラインの再循環の個所で述べた如く、再循環ブラインが管23bを経て第一段階の沸騰室F―1へ導入される前に該ブラインは加熱器H―8で加熱される。右構成は前記1の(四)の要件に該当することは明らかである。
(五) (イ)号装置では、新しい塩水は海水ポンプにより管16を経て管16a、16bに分岐し再び合流して第七段(最低段)の凝縮部H―7、第六段の凝縮部H―6を順次通過したのち管18に供給され、そのうち一部分の塩水は管60を経て系外に廃棄され、その残部は管21a、23a、12bを経て第七段(最低段)の沸騰室F―7へ入り同沸騰室内で再循環ブラインと混合される。そして、新しい塩水の排出管60の大きさは8インチであるのに対し新しい塩水を第七段(最低段)の沸騰室F―7へ導入する21a、23a、12bの大きさは3インチであるから、系外へ廃棄される新しい塩水の量が大部分で再循環ブラインと混合される新しい塩水の量が小一部分であることがわかる。してみると、右構成は前記1の(四)の要件に該当することは明らかである。
(六) 以上で明らかなとおり、(イ)号装置による塩水蒸発方法は本件特許発明の要件をすべて具備しているから、本件特許発明の技術的範囲に属する。
3 なお、原告らは、(イ)号装置では蒸発器が多数の蒸発圧力の高い一群(五段)と少数の蒸発圧力の低い一部(二段)に分けられているが、本件特許発明はその区別をしていない旨主張するが、右主張は誤りである。既に述べたとおり、本件特許発明においては、新しい塩水は必ず最低段階の凝縮部から通し始めなければならないが新しい塩水を通す凝縮部は必ずしも最低段階の凝縮部だけに限定されておらず、これと再循環ブラインを最低段階より高い任意の一つの段階から通し始めるという要件とは密接不可分に関連し合つているのであつて、<1>新しい塩水を最低段階の凝縮部だけを通すときには再循環ブラインは最低段階より一つ高い段階の凝縮部から通し始めることになり、<2>新しい塩水を最低段階と最低段階より一つ高い段階の各凝縮部を通すときには再循環ブラインは最低段階より二つ高い段階の凝縮部から通し始めることを本件特許発明は当然予定しているのである。仮に装置の段階を七段とすれば、右<1>の場合には最低段階のみが熱放出部、最低段階より一つ高い段階たる第六段階から第一段階までの六段階が熱回収部、右<2>の場合には最低段階と最低段階より一つ高い段階たる第六段階とが熱放出部、最低段階より二つ高い段階たる第五段階から第一段階までの五段階が熱回収部、と当業界では呼ばれている。原告らは通常この熱放出部、熱回収部と呼ばれているものを一群、二群と称し、あたかも(イ)号装置と本件特許発明との間に構成上の差異があるかのように強調するが、本件特許発明も以上のとおり熱放出部、熱回収部を有しているのであるから、原告らの主張は理由がない。
再循環ブラインと新しい塩水との混合個所およびブラインの引出個所に関する請求原因七、2記載の原告ら主張は誤りである。以下原告ら主張の各具体例についてその誤りを指摘する。
(一) 新しい塩水の小一部分と再循環ブラインの混合されたものが冷却水として最低段階より一つ高い段階の凝縮室に導入される場合と、二つ高い段階の凝縮室に導入される場合とでは、後者の場合の方がその段階だけをみると原告らのいうように平均温度差が大となるが、装置への熱入力が一定である限り装置全体としての造水量は両者とも変りがなく、したがつて後者の方法を採用した方が装置が小型化するということにはならない。
原告らの右の点に関する主張は装置への熱入力(加熱蒸気量)が造水量決定の重要な要件であることを無視している。また、該冷却水を高い段の凝縮部へ導入する場合でも、熱回収部の各段(沸騰室および凝縮室)を大きくし(熱回収部の段間温度差を大にし)、熱放出部の各段を小さくして、これに応じた適正な設計を行えば低い段へ導入した場合と作用効果において大差ない。
(二) 原告らは、新しい塩水を最低段階の沸騰室を出たブラインと配管の途中で混合される場合とそれらが最低段階の沸騰室で混合される場合とでは、不凝縮ガス脱気装置を特に設ける必要があるか否かの点で著しい相違があると主張するが、新しい塩水が最低段階の沸騰室で混合される後者の場合でも特別の脱気装置を設けない限り不凝縮ガスを脱気することは十分でないから、両者の場合とも不凝縮ガス脱気のための脱気装置を設けなければならないのである。しかも、かかることは設計上の問題に過ぎない。
(三) 原告らのいうような、新しい塩水を再循環ブラインと三〇段階のうちの一〇段階の沸騰室で混合するというような設計条件を選ぶときは、新しい塩水を沸騰室へ導入する前に予熱するということ位は当業界の技術者ならば誰でも採用する設計手段であつて((イ)号装置でも給水予熱器H―11で予熱している)、原告ら主張のような不都合は全くない。
(四) 本件特許発明は多段フラツシユ蒸発装置であり、しかもブラインを再循環させることを要件としているから、この要件からすれば、排出個所について限定がないとはいつても、技術上当然に該ブラインを排出する個所には自ら限度があることは勿論である。本件特許発明は、ブラインを最低段階から引出す方法および最低段階に連結したブライン配管の途中から引出す方法に限定されるものではなく、他の設計条件等からすれば最低段階より一つ高い段階から引出す方法ぐらいまでは含め得るものと考えられる。
(五) 原告らは、極めて多数の段階を有するフラツシユ蒸発装置において、最低段階の沸騰室を出た再循環ブラインをいきなり第一段階の凝縮室に導入し、新しい塩水を最低段階から第二段階までの凝縮室を通過させた後その大部分を廃棄し、残る小一部分を第一〇段階の沸騰室において循環ブラインと混合し、ブラインの一小部分を第一段沸騰室から引出す方法も被告主張のとおりの技術範囲の解釈に従つたものでこのような方法を仮にとつたとすればこの装置は殆んど効用を失う旨主張するが、被告は右の如き方法まで本件特許発明の技術的範囲に属すると主張しているのではない。本件特許発明は新しい塩水を通過させる段階について最低段階のみに限定していないが、この段階が最低段階からどの位の段階までであるかは再循環ブラインを通し始める段階と相互に関連しており、新しい塩水を最低段階の凝縮部のみに通せば再循環ブラインは最低段階より一つ高い段階の凝縮部より通し始めるものであり、新しい塩水を最低段階とそれより一つ高い段階の各凝縮部に通すのであれば、再循環ブラインは最低段階より二つ高い段階より通し始める、というようなことはブライン再循環多段フラツシユ蒸発方法についての知識を有する当業界の技術者ならば誰でもわかることである。しかも、新しい塩水を凝縮用として通す段階が熱放出部、再循環ブラインを凝縮用として通す段階の方が熱回収部と呼ばれること、熱回収部の段階の方が熱放出部の段階よりも多いということも当業界の技術者ならば知らない者はないといえる程の技術常識である。この熱放出部の段階と熱回収部の段階との比は技術上自ら右のようになるのであつて、原告らは右のような当業界の技術常識をはるかに逸脱した前記のような極端な例を掲げて被告がかかる場合までをも本件特許発明の技術的範囲に入ると主張しているかの如く主張するに至つては全く暴論というほかない。
八、公知技術と補正後の技術的範囲との関係
請求原因八のうち、ケミカルエンジニアリング誌およびジエンジニア誌所掲の装置に関する主張ならびに(イ)号装置がジエンジニア誌所属のものと同一である旨の主張は否認する。既に詳述したとおり、原告ら主張の各誌は、補正後の本件特許発明の要件のうちの「排出ブラインの量が一小部分で再循環ブラインの量が大部分である」という要件(技術)について我国の当業技術者にこれを示していないから、右の要件部分は本件特許出願前我国で公知になつていたということはできない。したがつて、(イ)号装置による蒸溜方法は、ジエンジニア誌に示された公知の方法にさらに右のブライン排出量が一小部分、再循環ブラインの量が大部分である方法を併せ備えた方法(すなわち本件特許発明の方法)であると認めるべきであるから、(イ)号装置による蒸溜方法が公知の方法と同一である旨の原告主張は失当である。
九、請求原因九記載の事実は否認する。
一〇、確認の利益について
そもそも確認の訴は現在の法律関係ないし権利関係の確認を求めるものであることを要する。しかるに、原告らは、別紙(イ)号図面およびその説明書記載の造水装置を販売しようとしているところ、これまでは被告の妨害により受注できないで来たが、原告らが将来受注するときはかかる造水装置に対し被告が差止権を有していないことの確認を求める旨主張しているのであるから、原告らの本訴請求は正しく将来の法律関係の確認の請求である。原告らが別紙目録記載の造水装置の注文を顧客より獲得しようとするときは商談に入るわけであるが、受注が確定するまでの間の商談中に顧客から前記図面の一部変更を要求されることがしばしばある。したがつて、顧客との間で受注が決定するまでは原告らが現実に製造販売する造水装置は特定されない。原告らが現実に顧客より受注するまでは該造水装置は特定しないのであるから、受注が決定し該造水装置が確定して初めて該造水装置に対し被告が査件特許権の専用実施に基づく差止権を有するや否やの現実の法律関係が発生することとなる。したがつて、原告らが顧客より現実に受注しない間は正確な原告ら装置は存在し得ないのであるから、本訴請求は将来の法律関係の確認を求めるものであり民事訴訟法上許されないものである。原告らが差止権不存在確認の判決を得れば受注しやすくなるというようなことはもつぱら経済的利害に関する問題である。右のような経済的利益があるというだけでは確認の利益があるというだけでは確認の利益があるといいえないことは明らかである。
第四証拠関係<省略>
理由
一、本件特許権
つぎの事実は当事者間に争いがない。すなわち、被告は、アメリカ合衆国アクア・チエム・インコーポレーテツドが有する下記の特許権(本件特許権)につき、昭年四一年一月三一日専用実施権の設定を受け、同年六月二二日その旨の登録を了した。
記
登録番号 第三一〇六四六号
発明の名称 蒸溜方法
出願日 昭和三三年八月一一日
公告日 昭和三五年七月一日(昭三五―八三〇六)
登録日 昭和三八年八月三〇日
特許請求の範囲 「塩水を受取る高圧の第一段階から塩分の高いブラインを生ずる最低圧の最終段階まで複数の段階を水平方向に間隔を置いて直列に配置し各段階に凝縮部と沸騰室とを有する沸騰蒸発装置による塩水蒸発方法にして、系内のブラインの一小部分を引出し、ブラインの大部分を最終段階から第一段階に再循環させ、この再循環に於てブラインをして最終段階より高い一段階の凝縮部を通過せしめてこの高い段階の沸騰室に生ずる蒸気を凝縮させ、次に再循環ブラインを第一段階の沸騰室に導入する前に更に加熱し新しい塩水を最終段階の凝縮部に通したのち大部分を廃棄し残る小一部分を前記ブラインと混合する塩水蒸溜方法。」
なお、特許出願公告時における本件特許の特許請求の範囲(補正前)の記載はつぎのとおりであつた。
「蒸発器が温度の変化する供給溶液源を有する蒸溜方法において、前記蒸発器中の溶液から発生する蒸気を凝縮せしめるために凝縮器熱交換器に前記供給溶液を導入する段階と、前記導入供給溶液の量を前記蒸発器内の温度に応じて調節する段階と、前記供給溶液の一部を加熱器の中を通し次で前記蒸発器に導入する段階と、溶液を前記蒸発器から引抜く段階と、その一部を排出し残余の部分を前記加熱器に導入される供給溶液中に再循環せしめる段階と、前記加熱器に一般に定常な熱入力を与える段階とを含み、前記再循環及び調節が前記の変化する供給溶液温度と一般に定常な熱入力に対して比較的定常な蒸溜物の生成を維持する蒸溜方法。」
二、(イ)号装置および訴の利益について
原告栗田工業株式会社が水処理装置の製造販売等を、同栗田化工建設株式会社が化学装置の製作販売等をそれぞれ業とする会社であることは当事者間に争いがない。
成立に争いのない甲第三号証の一、二、同第四、五号証および弁論の全趣旨を総合して考えると、原告らは海水の淡水化装置の研究開発をなし、「栗田式造水装置」の名称で海水の淡水化装置の受注勧誘活動をなしており、顧客からの注文があればその設計を原告栗田工業株式会社が、製作販売を同栗田化工建設株式会社が担当することになつているが、原告らの右営業活動は被告の営業活動と競業の関係に立つていること、原告らが製作販売しようとしている栗田式造水装置の中に(製造販売した実績はないが)別紙(イ)号図面記載の構造を有する装置が含まれていること、原告栗田化工建設株式会社は昭年四四年一二月極洋捕鯨株式会社発注日立造船株式会社製造のトロール船すり身装置用造水装置の受注申込みをなし、(イ)号図面の装置の見積仕様書を作成提出したが、この装置は被告が専用実施権を有する本件特許権に牴触するとの見解が一原因をなして結局受注を得られなかつたこと、そして被告は(イ)号図面の装置の如くブラインの小一部分を排出し大部分を再循環するようなブライン再循環式多段フラツシユ蒸発装置による蒸溜方法はすべて特許発明の技術的範囲に含まれる旨を営業活動においても主張していることが認められる。右の如く(イ)号図面の装置による蒸溜方法が本件特許権に牴触するかどうかが問題になつている場合に、本件特許権の専用実施権者(被告)と特許権に無関係な者(原告ら)とが受注競争をするときは、(イ)号図面の装置が果して本件特許権に牴触するかどうかの法的判断が困難であることから一般顧客は特許権侵害との判断を受けその責任を追及される危険を避け、無難な特許権者に発注、購入することは明らかであるから、(イ)号図面の装置が本件特許権に牴触するかどうかに関する原告らの法律的地位は現に不安定であり、この法律的地位の不安定を除去するため、(イ)号図面装置につき被告が本件特許権の専用実施権に基づく差止請求権を有しないことの確認を求める原告の本件訴の利益はあるといわざるを得ない。
被告は(イ)号図面の如き造水装置は顧客からの受注が決定するまでは現実には特定しないから本訴請求は民事訴訟法上許されない将来の法律関係の確認を求める訴である旨主張するが、右認定のとおり(イ)号図面の装置は具体的に受注競争のために見積仕様書に記載し、発注さえあれば現実に製造しようとした装置であるから十分特定されていると認められるし、また需要者から(イ)号図面の装置は本件特許権に牴触するおそれがあると認められたことが一原因をなして現実に受注競争で敗れたのであるから、本訴確認の訴は現在の法律関係の確認を求める訴であると考えるべきである。
三、本件特許発明の技術的範囲決定の基礎となるべき特許請求の範囲
本件特許発明の技術的範囲決定の基礎となるべき特許請求の範囲につき、原告らは補正(訂正)前の請求範囲の記載によるべきであると主張し、被告は補正(訂正)後の請求範囲の記載によるべきであると主張するので、まずこの点につき判断する。
1、本件特許権出願は昭和三三年八月一一日になされ、同三五年七月一日特許出願公告(昭三五―八三〇六)されたが特許異議の申立がなされた結果、同三六年六月二九日「異議の申立は理由がある」旨の異議決定および拒絶査定がなされたが、抗告審判が申立てられて抗告審判に係属していた間に審判長審判官から旧特許法(大正一〇年法律九六号)一一三条二項により準用される同法七五条五項に基づく訂正命令が発せられ、出願人より右訂正書どおり訂正(補正)する旨の訂正書が差し出された結果、同年八月八日「原査定を破棄する。本願の発明はこれを特許すべきものとする。」との審決がなされ、特許請求の範囲の訂正が公告され、同三八年八月三〇日設定登録がなされたことならびに訂正(補正)後および前の請求範囲の記載が前記一記載のとおりであることは当事者間に争いがない。
2、右補正が特許法施行法(昭和三四年法律一二二号)二〇条により従前の例すなわち旧特許法(大正一〇年法律九六号)の規定に基づき取扱われたことは明らかである。旧特許法一一三条二項により準用される同法七五条五項にいわゆる審査官の訂正命令がいかなる要件の下で許されるかに関しては明文の規定はなかつたが、出願公告があつたときはその出願にかかる発明につき出願公告の時より特許権の効力を生じたものとみなされることになつていた(同法七三条三項)のであるから、審査官(または審判長)が同条項により出願公告後に明細書または図面の訂正(補正)を命ずることができるのは、特許権発生後における訂正に関する同法五三条一項、三項および五四条所定の要件と同じく、特許請求の範囲の減縮、誤記の訂正、不明瞭な記載の釈明に限定され、特許請求の範囲の減縮の場合には、訂正後の発明が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであつて、かつ、いずれの場合も特許請求の範囲を実質上拡張または変更するものでない場合に限られるものと解すべきである。
そこで、本件特許における前記訂正(以下、補正という)が右の各要件を充足しているかどうかについて検討する。特許出願公告時における補正前の特許請求の範囲の記載および補正後の特許請求の範囲の記載が一記載のとおりであり、補正に際して補正前の特許請求の範囲の記載中の「前記導入供給溶液の量を前記蒸発器内の温度に応じて調節する段階」および「前記加熱器に一般に定常な熱入力を与える段階」の各記載が削除されていることはいずれも当事者間に争いがない。そして、補正前と補正後の各特許請求の範囲の記載を対照比較すると、補正後の「塩水を受取る高圧の第一段階から塩分の高いブラインを生ずる最低圧の最終段階まで複数の段階を水平方向に間隔を置いて直列に配置し、各段階に凝縮部と沸騰室を有する沸騰蒸発装置による塩水蒸発方法にして」なる記載は補正前の「蒸発器が温度の変化する供給溶液源を有する蒸溜方法において」という要件を限定したものであり、補正後の「系内のブラインの一小部分を引出し、ブラインの大部分を最終段階から第一段階に再循環させ」なる記載は補正前の「溶液を前記蒸発器から引抜く段階とその一部を排出し、残余の部分を……再循環せしめる段階」なる要件を明確に表現したものであり、補正後の「この再循環においてブラインをして最終段階より高い一段階の凝縮部を通過せしめて、この高い段階の沸騰室に生ずる蒸気を凝縮させ……新しい塩水を最低段階の凝縮部に通したのち大部分を廃棄し残る小一部分を前記ブラインと混同する」なる記載は補正前の「前記蒸発器中の溶液から発生する蒸気を凝縮せしめるために前記供給溶液を導入する段階、……前記供給溶液の一部を加熱器の中を通(す)……段階、……残余の部分を前記加熱器に導入される供給溶液中に再循環せしめる段階」なる要件を明確に表現したものであり、補正後の「再循環ブラインを第一段階の沸騰室に導入する前に更に加熱し……残る小一部分を前記ブラインと混合する」なる記載は補正前の「前記供給溶液の一部を加熱器の中を通し次で前記蒸発器に導入する段階……残余の部分を前記加熱器に導入される供給溶液中に再循環せしめる段階」なる要件に該当すると認められる。してみると、補正に際して削除された前記二要件は形式上は勿論実質的にも補正後の特許請求の範囲に含まれないこととなつているから、この二要件を削除した分だけ特許請求の範囲が実質上拡張されたことになることは明らかである。したがつて、右補正は公告後の補正(訂正)として許容される限度を逸脱した違法な補正(訂正)といわざるを得ない。
被告は、削除された右二段階はいずれも当業界における技術常識であり、補正前の特許請求の範囲中のこれらの記載は当然の慣用手段をそのまま記載したものに過ぎず、発明の構成に欠くことのできない事項の記載ではなく余剰記載であつた旨主張する。しかし旧特許法施行規則(大正一〇年農商務省令三三号)三八条五項に特許請求の範囲には発明の構成に欠くべからざる事項のみを記載すべしと規定されていたことおよび成立に争いのない甲第一号証(特許公報)によつて認められる次の記載、すなわち、本件特許発明の詳細なる説明一頁左欄の「前述の考慮から明かな如く本発明の目的は供給溶液の温度が広範囲に互つて変化する場合に一般に均一な速度で均一な性質の蒸溜物を生成せしめる真空蒸溜の新しい改良方法を与えることである。本発明の他の目的は供給温度が変化した場合にも蒸気の消費を比較的一定に保ち蒸溜器内の温度及び圧力を予め定められた水準に維持し得る真空蒸溜の新しき改良方法を与えることである。なお他の目的は給水温度が相当変化しても分離器負荷を一般に定常に維持する如く自動的に調節される真空蒸溜方法を与えることである。」との記載、同二頁左欄の「本発明によれば……再循環する塩水の部分は入つて来る新しい水と混合され、前記系統に導入されるこの新しい水は蒸発器内の温度によつて調節され……。」、同左欄から右欄にかけての「蒸発器10の第二段階には温度感覚要素54が設けられ、この温度要素は、新しい水を前記系統に供給する管16の弁55の開閉を調節するように連結されている。……凝縮器17に導入される新しい溶液は蒸発器10の第二段階中の温度によつて調節される。……操作に際して、船の遭遇する海水温度が上昇すれば、これは蒸発器中の温度の上昇として現われる。もし蒸発器の第二段階内における温度が所要の標準温度、たとえば九〇度F(三二・二二度C)より高くなれば、この温度上昇は前記要素54によつて感覚されて、なお多くの新しい冷却水が系統の中へ入るように弁55を操作する。……逆に海水温度の低下が生ずれば、これは直ちに蒸発器の第二段階における温度の低下となつて現われる。前記温度感覚要素54はこれ等の状態に応じ、弁55を通つて系統内に取入れられる新しい水の量を減少せしめ、蒸発器内の温度を前記系統がその固有の熱平衝に復帰するまで上げるようにする。」、同右欄の「本系統は蒸気消費量が一般に固定しているために経済的に操作することができる。」との記載ならびに補正前の特許請求の範囲中の「……前記再循環および調節が前記の変化する供給溶液温度と一般に定常な熱入力に対して比較的定常な蒸溜物の生成を維持する蒸溜方法。」なる記載に照して考えれば、右削除された二段階が余剰記載であつたとは到底認められない。なお、右二段階の手段がたとえ個々的公知の技術常識であつたとしても、前記認定の本件特許発明の詳細な説明の記載によると、右二段階についての特許請求の範囲の記載が過失による無用の限定記載であるとは認められない。
また、被告は、右二段階の記載が発明の構成要件としての記載であつたとしても、審判官の命により削除したことは、旧特許法施行規則一二条の規定により要旨を変更するものとはみなされない旨主張するが、右条文は一見同規則一一条三項の場合についても規定しているかの如くみえるけれども、前記出願公告の効果にかんがみると、一二条の規定は一一条一項および二項の各末尾に明文のある「但シ其ノ要旨ヲ変更スルモノハ此ノ限リニ在ラス」という但書について、要旨の変更とみなさない場合を明定した規定であつて、右の如き但書の付されていない同条三項に関する規定ではないと解すべきであるから、右主張も採用できない。
3、出願公告決定後審査官(または審判長)の訂正(補正)命令に従つてなされた訂正(補正)が前記補正の要件を欠いていた場合の効果については、旧特許法は明文の規定を欠いていたが、出願公告があつたときはその出願にかかる発明につき出願公告の時より特許権の効力を生じたものとみなされることになつていたことにかんがみると、現行特許法四二条と同様に、補正前の特許出願について特許がされたものと認めるべきであると解されるから、本件特許出願については補正前の特許請求の範囲につき特許がされたものと認めるのが相当である。
なお、原告は右の点につき特許法施行法三条、二九条により現行特許法六四条、四二条の適用がある旨主張するか、現行特許法六四条に相当する規定が旧特許法に存したとは認められないから、原告の右主張は採用できない。
被告は、旧法による出願公告の決定後の訂正命令に基づく発明の明細書等の訂正は、実質的には専門官庁たる審査官または審判官の職権による訂正に等しいのみならず、法律上その適法性が高度に保障されている点に着目して、右訂正命令およびこれに従つた訂正はこれを有効とし法律上これを争い得ない建前にしていたものである旨主張する。しかし、明細書中特に特許請求の範囲に記載の発明の要旨を変更することは、単なる誤記の訂正や不明瞭な記載の釈明等と異り、全体として同一性が認められない別個の発明に変更することを意味する。特許出願は出願の日を基準として特許要件の有無が検討されるのであり、拒絶理由なしとして出願公告の決定がなされた後は、出願公告により出願内容が一般に開示され、旧法時においても公告の時から特許権の効力が生じたものと看做され(旧法七三条三項)ていたのであるから、その期に及んで明細書中殊に特許請求の範囲に記載の発明の要旨を出願人に有利に変更する訂正をなすことは絶対に許されてはならないわけである。旧法施行規則一一条三項は、出願公告の決定ありたる後に於ては出願人は(旧)特許法七五条五項の命令に依る場合(すなわち審査官の命令による場合)を除くの外、出願に関する書類、雛形又は見本を訂正し又は補充することができない旨規定していたが、それは、出願公告決定後の明細書又は図面等の訂正は、公告を信頼した一般大衆の利益を害する危険性が大きく殊に要旨変更の結果を齎らす訂正を封ずる必要があるところから原則としてこれを禁じ、出願人の自発的訂正の申出でにより直ちにその効力を生ぜしめないようにする法意に出でたものと解されるのである。ただ出願人に有利に要旨を変更するものでない訂正あるいは釈明又は特許請求範囲の減縮等については、旧法七五条五項(同法一一三条二項により抗告審判における審判官に準用)により事前に審査官(又は審判官)が関与し、審査官等において必要があると認めたときは訂正を命ずることができる旨規定していたのである。右審査官の訂正命令は出願人に訂正の作為義務を命ずる下命ではなく、法令による一般的禁止を特定の場合に解除する性質のものであり、一種の条件付許可の内容のものであつて、出願人がこれに応じて訂正書を差出すことによりはじめて訂正が適法である限り、その訂正の効力が生じると解すべきであるから、審査官等の右訂正命令に基づく出願人の訂正を実質的にも職権による訂正と同一視することはできない。もし、出願人の差出した訂正書の内容が法に禁じた発明の要旨の変更にあたるときは違法であつて、たとえ、その訂正が審査官又は審判官の命令に応じてなしたものであるとしても、訂正の効力は生じないと解するのが相当である。なお、被告の引用する大審院判決は、特許出願公告の制度のなかつた旧旧法に関するものであるから、本件において参考とはしない。
四、(イ)号装置と本件特許発明(補正前の請求範囲)との比較
そこで、原告らが製造販売せんとしている造水装置による蒸溜方法が補正前の特許請求の範囲の記載に基づいて定められる本件特許発明の技術的範囲に含まれるかどうかについて考える。原告らの右造水装置が別紙(イ)号図面記載の構造のものであることは当事者間に争いがなく、原告らは右造水装置の構造と本件特許発明とを対比すると、
(一) 本件特許発明では凝縮器へ導入する供給溶液量を蒸発器の温度に応じて調節することが要件となつているのに反し、原告ら装置では凝縮器へ導入する供給溶液量を一定にする構造となつている点
(二) 本件特許発明では加熱器に定常な熱入力を与えることが要件となつているのに反し、原告ら装置では加熱器への熱入力は加熱器出口のブライン温度に応じて調節する構造となつている点
に重大な差異がある旨主張するので検討する。
1、補正前の特許請求の範囲の記載中の「導入供給溶液の量を蒸発器内の温度に応じて調節する段階」が本件特許発明の構成要件に該当することは前記のとおりである。そして、前記三、2末尾の被告の主張に対する判断中に摘記した発明の詳細なる説明の記載および明細書添付の図面を参酌して考えると、右の「温度に応じて調節する段階」とは蒸発器内の温度の上下に即応して導入供給溶液の量を自動的に調節する構造ないしは自動的調節に準ずる程度に即応調節する構造を意味すると解される。ところが、原告ら装置には、第七段(最低段)の沸騰室内の温度を検出する温度計(TG6)が、また新しい塩水の排出管60、新しい塩水の取入れ管16、16aにそれぞれ弁が設けられていることは被告主張のとおりであるが、右各弁と温度計とは連動作動する(自動調節)構造になつていないことはイ号図面の記載から明らかであり、また右各弁が自動的調節に準ずる程度の調節作動する構造になつているとも認められないから、原告ら装置は右構成要件を欠如しているといわざるを得ない。
2、補正前の特許請求の範囲の記載中の「加熱器に一般に定常な熱入力を与える段階」が本件特許発明の構成要件に該当することは前記のとおりである。被告は、原告ら装置は加熱蒸気を加熱器H―8へ供給する管51に調節弁70が設けられており、加熱器H―8を出たブライン配管23bに温度調節計71が設けられていて、加熱器H―8へ供給される加熱蒸気の圧力および温度が変動すると該加熱器への熱入力が変り、該加熱器出口のブライン温度が変動するのでこの温度を前記の温度調節計で検出し該ブライン出口温度が一定となるよう前記調節弁の開度を制御することによつて、該加熱器への熱入力を定常に維持せしめている旨主張するが、加熱蒸気の圧力および温度の変動は加熱蒸気供給管ないし加熱器の中で直接的に正確に検知できるのであるから、加熱器に一般に定常な熱入力を与えるための制御手段として右原告ら装置の如き迂遠かつ不正確な方法を採用するはずがないこと(本件特許明細書添付図面では右制御手段として手動弁を図示している)および前記1のとおり原告ら装置では導入海水量を調節せずに定常に維持していると認められることを併せ考えると、ブライン配管23bに設けられた温度調節計71と加熱蒸気供給管51に設けられた自動調節弁70とが連結されているのは、加熱器への熱入力を変動させブラインの加熱器出口温度を一定に保つための構造であると認められるから、原告ら装置は前記構成要件をも欠如しているといわざるを得ない。
なお、被告は、最高圧段の蒸発器に入る前のブラインの温度と最低圧段のブラインの温度との温度差が当該装置によつて生成する蒸溜水の量に比例することは多段フラッシュ蒸発法における基本的原理であるから、原告ら装置が原告ら主張の如く比較的定常な蒸溜水を生成する装置である以上、(イ)号装置における新しい塩水取入れ管16、16a、新しい塩水の排出管60にそれぞれ設けられた弁は導入供給溶液の量を蒸発器内の温度に応じて調節するためのものであり、また加熱蒸気を供給する管51に設けられた調節弁70は加熱器に一般に定常な熱入力を与えるためのものであるはずである旨主張する。なるほど、可及的定常な蒸溜水を生成するためには、本件特許発明の方法が原告ら装置による方法よりも確実であり、優れた方法であることは被告主張のとおりであると認められるけれども、原告ら装置は既に認定した如くを供給溶液導入量を一定とし、加熱器に与える熱入力の調節を行うよう作動させるものであり、この方法も十分実用に供しうるものと認められるから、比較的定常な蒸溜水を生成する装置である以上は当然導入供給溶液の量を調節し、加熱器に定常な熱入力を与えるように原告ら装置における右各弁を作動させるはずであるということはできない。したがつて、被告の右主張は採用できない。
3、そうすると、(イ)号図面記載の原告ら装置は(イ)号説明書記載のとおりの装置であることが明らかとなる(以下、(イ)号装置という)。結局、本件特許発明(補正前の請求範囲)は温度の変化する供給溶液の導入量を蒸発器内の温度に応じて調節し、他方加熱器への熱入力を一定に保持している蒸溜方法であるのに対し、(イ)号装置による蒸溜方法は供給溶液の導入量を一定に保持し、他方加熱器への熱入力を変動させて加熱器出口の温度を一定に保持する蒸溜方法であるから、蒸溜方法としては採用する技術思想が相異する方法であると認めざるを得ない。以上で明らかなとおり、(イ)号装置による蒸溜方法は本件特許発明の前記構成要件を欠如しているからその技術的範囲に含まれず、したがつて被告は原告らに対し(イ)号装置について本件特許権に基づく差止請求権を有しないといわざるを得ない。
五、(イ)号装置と補正後の請求範囲
被告は前記認定に反し、本件特許発明の技術的範囲は補正後の特許請求の範囲の記載に基づいて定められなければならない旨強く主張するのであるが、たとえ補正が有効であり本件特許発明の技術的範囲が補正後の特許請求の範囲の記載に基づいて定められるとしても、つぎに述べるとおり、(イ)号装置による蒸溜方法はその技術的範囲に含まれない。
(先行技術) 成立に争いのない甲第八号証の一、二によると、本件特許出願前である昭和三二年一二月九日国立国会図書館に受入れられた一九五七年(昭和三二年)一〇月一八日発行のジエンジニア誌(第二〇四巻第五三〇八号)には「Flash Evaporator for Continuous Distillation of Sea Water」(連続海水蒸溜用フラツシユ蒸発器)なる表題のもとに次の技術が開示されていると認められる。すなわち、右ジエンジニア誌の文面および説明図から直ちに、右開示にかかる蒸発装置は第一段から最終段に至るにしたがつて順次圧力が低くなるようにした複数段の単位蒸発器(それぞれに凝縮部と沸騰室とを有する)を多数のかつ蒸発圧力の高い第一群(熱回収部)と少数の第二群(熱放出部)とに分け、第一群と第二群との間には間隔を置き、これら蒸発器を水平方向に直列に配置し、第二群(熱放出部)の発生蒸気を凝縮させるためその凝縮部に新しい塩水を通した後その大部分を廃棄し残る小部分を最終蒸発室に導入して第一段から順次蒸発して来た残りのブラインと同所で混合し、その混合ブラインを最終段蒸発器から引出した後或る部分を排出し残りの部分を第一群(熱回収部)の蒸発器中の蒸気を凝縮させるためその凝縮部を順次(ブラインの流れとは反対に)通して加熱した後、これを加熱器でさらに加熱したうえ第一段蒸発器から再循環せしめる装置であることが容易に判明する。そして、<1>ブラインの大部分を排出し残りの少部分を再循環せしめる装置であるならば、当然、ブラインを先ず排出した後に残りの再循環ブラインと新しい塩水とを混合する構造にするはずであるのに、右装置の説明図では再循環ブラインに混合される新しい塩水は最終(最低圧)段階の蒸発器に導入され同所で再循環ブラインに混合されしかる後にブラインが排出さる構造となつていることおよび<2>ブライン貫流式に対しブラインの再循環式の特色は新たに給水される海水に対してのみ薬品を投入する等の給水処理を行えばよい点にあるのであるから、ブライン再循環式である以上は当然ブラインの大部分が再循環し小一部分が排出されるのでなければ意味がないことを参酌して考察すると、右ジエンジニア誌はブラインの大部分を再循環させ小一部分のみを排出する技術をも本件特許出願前に開示していると認めるのが相当である。
(補正後の特許請求の範囲に基づく技術的範囲)右先行技術に照して考えると、補正後の特許請求の範囲が特許要件を備えているかどうかは極めて疑わしいが、本件特許が特許要件を備えた有効なものとの前提に立つ限り、出願当時公知であつた右先行技術は本件特許発明の技術的範囲には含まれないと考えるのが相当であるから、補正後の特許請求の範囲にいわゆる「新しい塩水を最低段階の凝縮部に通したのち大部分を廃棄し残る小一部分を前記ブラインと混合する」個所は本件特許明細書添付図面記載のとおり最終段階の蒸発器からブラインを引出した後一少部分を排出し残りの大部分の再循環ブラインを最終段階よりも高い段階の凝縮部に通し始める迄の間に限定され(少くとも最終段階の蒸発器内では混合されない)、この限定された混合個所が補正後の特許請求の範囲における必須の構成要件に算えて解釈せざるを得ない。
((イ)号装置) (イ)号装置による蒸溜方法が、塩水を受取る高圧の第一段階から塩分の高いブラインを生ずる最低段階まで複数の段階を水平方向に直列に配置し、各段階に凝縮部と沸騰室とを有する沸騰蒸発装置による塩水蒸発方法であり、系内のブラインの一小部分を引出しブラインの大部分を最終段階から第一段階に最循環させ、再循環ブラインを少くとも最終段階より高い一段階の凝縮部を通過せしめてこの高い段階の沸騰室に生じる蒸気を凝縮させ、再循環ブラインを第一段階の沸騰室に導入する前に更に加熱し、新しい塩水を最低段階の凝縮部に通したのち大部分を廃棄し残る小一部を再循環ブラインと混合する構造になつていることは被告主張のとおりであると認められるけれども、新しい塩水を再循環ブラインと混合する個所は右先行技術と全く同一の最終段蒸発器内であることは明らかであるから、(イ)号装置が右混合個所に関する必須の要件を欠如していることは明白である。したがつて、(イ)号装置による蒸溜方法は補正後の特許請求の範囲に基づく技術的範囲にも含まれないといわざるを得ない。
六、妨害禁止の請求について
原告らと被告とが営業上競争関係にあることおよび被告がその営業活動において得意先に対し(イ)号装置が本件特許権を侵害するものである旨を陳述流布し、これがため原告らの営業上の利益が害されるおそれを生じていることは既に認定したとおりである。(イ)号装置の製造販売行為が本件特許権を侵害するものでないことは既に判断したとおりであるから、被告が原告のなす(イ)号装置の製造、販売または販売のための展示について右の行為をなすことは不正競争防止法一条一項六号に該当することは明らかである。
七、よつて、原告の本訴請求をすべて理由ありとして認め、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 大江健次郎 近藤浩武 庵前重和)
(イ)号説明書
図面<省略>
一、概説
(イ)号図面は原告装置を線図的に示したものである。(イ)号装置は、第一段から最終段に至るにつれて順次圧力が低くなるようにした複数段の単位蒸発器を、多数(五段)のかつ蒸発圧力の高い第一群と、少数(二段)の蒸発圧力の低い第二群とに分け、前記蒸発器の蒸発室中の溶液から発生する蒸気を凝縮させるために第二群の凝縮室に供給海水を一定量で導入する段階と、第二群凝縮室を通過した供給海水の一部を最終段の蒸発室に導入して溶液(ブライン)と混合する段階と、溶液を最終段蒸発器から引抜く段階と、その一部を排出し残余の部分を第一群の凝縮室に通した後加熱器の中を通しついで第一段蒸発室に導入して再循環する段階と、加熱器にはその出口溶液温度に応じて調節される熱入力を与える段階とを含む造水装置である。
二、詳説
この装置は海水から淡水を造るために使用されるものであつて、図面において10a、10b、10c、10d、10e、10f、10gは、隔離板11a、11b、11c、11d、11eにて分割された第一ないし第七段沸騰室で、第五、六段沸騰室10e、10f間は隔離され、各沸騰室の上方に第一ないし第七段凝縮室17a、17b、17c、17d、17e、17f、17gを形成し、これらの沸騰室と凝縮室とをもつて各段単位蒸発器が構成される。これら単位蒸発器は第一段から最終段に至るにしたがつて順次圧力が低くなるようにされ、多数かつ高圧の第一群(第一~五段)および少数かつ低圧の第二群(第六、七段)に分けられている。
第一、七段沸騰室10a、10gにはそれぞれ海水入口、溶液入口12a、12bが、また第七段沸騰室10gにはブローダウン出口13が設けられ、各沸騰室は隣接する前段沸騰室から後段沸騰室に溢水を送る彎曲導管14a、14b、14c、14d、14e、14fによつて連結され、また第一、七段凝縮室17a、17gの蒸気室間および各凝縮室の蒸気室間は、抽気管40a、40b、40c、40d、40e、40f、40gによつて連結され、また各凝縮室に連結した31a、31b、31c、31d、31e、31f、31gは管31によつて蒸溜水受32に連結されている。
海水導管16は途中二管16a、16bにわかれたのち一本となつて、第二群の第七、六段凝縮室を貫通して導管一八に連結され、管16bはベントコンデンサ61を貫通し、このコンデンサ61と第七段凝縮室17gの蒸発室および蒸溜水受32とは、抽気管42a、46で連結され、導管18は第一給水加熱器22aに向う導管21aと船外へ通じる排水管60とに連結され、排水管60は導入された新しい海水の一部を排出し、第一給水加熱器22aの出口に連結した導管23aは前記海水入口12bに連結されている。
前記ブローダウン出口13はポンプ26に連結され、このポンプ26の出口に連結された出口管25は、排水管60に連結されていて溶液(ブライン)の再循環する部分を除いた部分を排出する排水管27と、第一群の第五段凝縮室17eから第一段凝縮室17aに向つて順次凝縮室を貫通導水管19に連結している管28とに連結され、排水管27に設置した弁58は第七沸騰室10gに設けた液面計59によつて調節されるようになつている。
導管19は第一群の第五ないし第一段凝縮室17eないし17aを貫通して第一段凝縮室17aを出たところで導管21bに連結され、この導管21bは順次第二、三給水加熱器22b、22cを経て溶液入口12aに連結している導管23bに連結され、第三給水加熱器22cの近くの導管23bに温度計71が設置されている。
第三給水加熱器22cには、加熱蒸気を供給する管51が連結され、この管51に設置した弁70は前記温度計71によつて制御されるようになつており、同加熱器22cにおける凝縮水は管72を経てポンプ52により汲出され、この管72には液面計62を有する凝縮水槽63が設けられ、この液面計62はポンプ52の出口と第一給水加熱器22aとを連結する管64に設けられた弁65を調節するようになつており、第一給水加熱器22aの出口に連結された管66は、系統外の加熱蒸気コンデンセイト、カスケードタンクに通じる管67と、前記管51に設置した升68部へ連結される暖熱水管69に連結され、この暖熱水管69は管51における過熱蒸気の温度を飽和温度にまで下げるための暖熱水を供給する役目をする。
前記蒸溜水受32には液面計37を設け、この蒸溜水受から蒸溜水を汲出すポンプ34の出口に連結した管35に設けた弁36を前記液面計37によつて調節するようにし、同管35にはまた塩分濃度指示計76が設けられていて正常な蒸溜水のみを管73から回収し、それ以外のものは排水管74を経て排水管60に排出するようになつている。
前記ベントコンデンサ61に連結した抽気管42bは、複式エゼクター44、45に連結され、この複式エゼクター44、45には蒸気供給管43が連結され、エゼクター45に連結した管50は第二給水加熱器22bに連結され、管43からの蒸気の供給によつて第一ないし第七段凝縮室の蒸発室から気体を抽出して蒸発器中において蒸気が発生するように減圧して、第一段から第七段に至るにしたがつて順次低圧になるようにすると同時に、蒸溜水受32に蒸気が発生した場合これを引くようにし、このようにしてエゼクター45から出た蒸気は第二給水加熱器22bに熱を与えたのち、同加熱器22b内に凝縮した水は管75によつて系統外に排出される。
この造水方法は前記のような装置の使用のもとに温度の変化する一定量の海水が導管16を経て第二群の第七、六段沸騰室10g、10fにおいて、溶液から発生する蒸気を凝縮させるために順次第二群の第七、六段凝縮室17g、17fに導入され、この供給海水の一部が第一給水加熱器22aにおいて加熱されたうえ導管23a、海水入口12bを経て第七沸騰室10gにおけるブローダウンはブローダウン出口からポンプ26によつて引抜かれ、その一部は管27から排出され残余の部分は管28、導管19を経て蒸発器中に再循環されることになつて、第一群の第一ないし第五段沸騰室10gないし10eにおいて溶液から発生する蒸気を凝縮させるために順次第一群の第五ないし第一凝縮室17eないし17aに導入されこの溶液が順次第二、三給水加熱器22b、22cにおいて加熱されたうえ、導管23b、溶液入口12aを経て第一段沸騰室10aに導入され、湾曲導管14a、14b、14c、14d、14e、14fによつて溶液は順次第一段沸騰室10aから第七段沸騰室10gまで再循環し、前記の溶液が前記第三給水加熱器22cを出たところで温度計71によつてその温度が計られ、その温度によつて第三給水加熱器22cに導入される蒸気量が調節され、これによつて第一段沸騰室10aに導入される溶液の温度がほぼ一定となるような加熱器にそこを通る溶液の温度に応じた熱入力を与え溶液の再循環と加熱器に与える熱入力の調節とによつて、供給される一定量の海水の温度が変化しても比較的定常な蒸溜水を生成するものである。
A図(自然循環蒸発器)
1 管板
2 下降管
3 加熱管
4 供給液入口
5 加熱蒸気入口
6 発生蒸気出口
7 ブローダウン
A図(自然循環蒸発器)説明書
A図に示すような自然循環蒸発器では、供給溶液は下降管2を下降して加熱管3内に入り、加熱蒸気により加熱されて沸騰蒸発し、蒸発しきらないブラインは再び下降管2内を下降し加熱管3内に入つて再循環する。
B図(強制循環蒸発器)
1 管板
2 加熱管
3 蒸気分離室
4 加熱蒸気入口
5 発生蒸気出口
6 供給液入口
7 ブローダウン
8 ポンプ
B図(強制循環蒸発器)説明書
B図に示すような強制循環蒸発器では、供給溶液は加熱器2内に入り加熱蒸気により加熱されて沸騰蒸発し、蒸発しきらないブラインは蒸発分離室3内で発生蒸気と分離しポンプ8により強制的に加熱管2内に送られて再循環する。